間接霊呪

母親は幽霊になっていた。生きた人間も霊になるのだと、今更思った。生霊という言葉は知っていても、身近な人間がそうなるとはなかなか信じ難いものだ。

 

 

「幽霊屋敷」とイエを捨てて京都に逃げ、さらに実家に帰ることもやめて新しい家に籠りはじめてから、何年も経った。両親の顔をあと何回見られるだろうかと思いながらも帰ることはしない。わずかな回数、母が京都まで来るに限って私は親の顔を見ることがかなう。もはや父と顔を合わせることは諦めている。あの時も「今週京都に行くから食事しよう」と母はいかにも楽しみなようすでお店選びを私に頼んだので、私もそんな位のことで喜んでもらえるならとせっせとwebを繰ってきれいなビストロを探しあてておいた。

選んだのは、×条駅から歩いて3分ほどの新しい清潔な店だった。野菜にこだわりがある店だと書いていたので野菜料理に期待していたが、まず眺めがよかった。建物自体は雑居ビルの3Fだったが、中に入るとよごれていない白い壁とあかるい照明で、いかがわしい雰囲気が全然なかった。当日最初の客だったらしくどこにでも座れたので窓際のテーブルへいくと、どの椅子に腰をおろしても川を眺めることができるのだった。母はビール、私は腹の調子がよくなかったので常温のワインにし、前菜の盛り合わせと野菜のサラダを頼んだ。前菜は並みだったがサラダはよかった。美しく盛り付けされているだけでなく、二人でシェアすることを見越した配分にされており(つまりいちいち客が考えたりゆずりあったりしてとりわけなくてもいいようにされていた)、燻った香ばしいオイルと塩でシンプルに味付けされ、色とりどりの野菜が見た目にも美味しそうだった。この店を選んで正解だと思った。こんな料理は家ではできない。できるかもしれないが誰が時間と手間をかけてやるだろう。母も私も働いているのだ。働く人を癒す料理、見て食べてときめく料理を食べさせたかったから、ひとまず店選びがうまくいってよろこばしかった。

グラスワインが二杯目になったころ母は私の結婚生活のことを聞いてきた。そもそも今日母が来た理由は私のことを心配してきたのだ。母親は娘をみて、むかし妹たちが結婚した時のことを想起していた。ひとりは夫が口やかましく、何をしても貶され、気力を失ってしまった。もうひとりはあんたがさっさと済ませないと下の子たちがつっかえるからという理由で半強制的に結婚させられ、相手は真正のアル中だった。(母は長女だったので同じように半強制的な結婚をさせられていたが父は少なくとも暴力はふるわなかったし酒飲みでもなかった、しかしそれは単にダーツ式に何を引き受けさせられるかの問題であっただろう)妹から夫に殴られているこのままでは危険だという電話を受けて父と弟と一緒にお母さんが駆けつけたんだよ、弟と一緒に、寝ていたそいつを蹴飛ばしても起きやしなかった。アル中でずっと深酒してるんだという話を聞いた瞬間に私はすべての動作を止めた。

弟? そいつは私にセクシュアルハラスメントをした人間だ。母にその人物の名前を私の前で出さないでほしいとお願いしてからその名前を聞くのは三回目だった。たった二か月前も、母は加害者である叔父の名前を言って私を凍らせている。その時だって、私はなぜ名前を聞くのが嫌なのかを再度説明して、母は二度と言わないようにすると面前で誓ったではないか。

「なぜ私の前でそいつの名前を言うの」

「うっかりしてたのよ。忘れてたの」

うっかり? うっかり何度も娘に加害した人物の名を親し気に出すなんてことがあり得るのだろうか?

動作を止めたまま、頭の中で虚空が疑問とともに拡がっていった。虚空はするすると拡大してゆきどこまでも深かった。紺色の無窮空間が答えを求めてとめどなく膨張していき、同時にすべての気力を私から奪っていった。親は私の被害を軽くみている。いくら心配していると言われても、心配している人の行動をしていないから信用できない。加害者を罰しもせず、加害者と関わりたくないし名前も聞きたくないという娘のささやかな依頼も裏切った。怒りも悲しみも苦痛も共有してもらえず、何度嫌だと伝えてもなぜか会うたびに加害者の名前を出され、本来なら一番安心できる存在である親から二次加害を受けているという失望の分だけ虚空が拡がり、もう止めようがない死んだ方がこれ以上苦しまずにすむのではないかと思いながら無言で涙を流し続け無窮の空間で絶望しながら何分経っただろうか。膨張が一旦止まった。誰かが私のSOSをつかんだ。「うっかりなんてあり得ない」というセリフを聞いた。大変なつかしい感触だった。私はこれを知っている。

声は警告している。ー「そんなことはあり得ない」と。

 

 

母の願いで場所を変えた。ビストロから××コーヒーに移った。

さっきの声を聞いてから私は何かがおかしいと確信し母を問いつめていた。なぜ何度お願いしても加害者のことを口にして私を追いつめるのか、いくら質問しても母は忘れていたとしか答えない。そんなことは真実ではないと怒った私がおしぼりを投げると、母は「親にこんなことをするなんて…何度言っても信じてくれないなら、距離を置きましょう」と言った。

親にこんなこと? この期に及んで、自分の弟によるハラスメントや家族の無理解で精神科にかかっている娘に対して、都合が悪くなると親の威厳を見せつけようと試みる習性に腹が立った。おしぼりを投げられるくらいなんだというのか。それ以上のひどいことを自分がしているという自覚がないからそんなセリフが出てくるのだ、親だというのなら娘が被害にあった時加害者に謝罪させればよかった、それすらしないで何が親だ、と反論した。そして、私に本気で謝ってほしいと言うと母は考えこんでしまった。考えこむのだ。ひどい仕打ちをしておいて謝れないのだ、と思うとまた絶望の味が舌にあらわれてきた。

そのうち私が呼び出した夫がコーヒー店に着き、夫にひとこと「母がまた私の前で加害者の名前を出した」とだけ告げてトイレへすべりこんだ。しばらく泣きながら個室で壁に手をついていると、ふと不思議な感触が頭の中に形成された。不思議な感触を持ったまま席へ戻ると、いきさつをきいたであろう夫は何とか言葉をしぼりだして、母に「お義母さん、距離を置くというのは、結局問題を先送りにしているだけじゃないですか?」などという話をしている最中だった。私はそれを真剣に聞いておくべきだったのかもしれない。けれども、席に座った瞬間から個室で発生したあの感触がどんどん頭の中だけでなく体中に侵食していき、絶望していた心(それは人体の箇所で表すならば胃の底に該当すると思う)にコン、と触れた時、私は第六感の新境地を見えない方の眼で体感しておりそれどころじゃなかったのである。

心眼開花し神懸かり状態になった私はこう切り出した。

「お母さん、自分がされたことを私にやり返すのはやめてほしい。」

ここから以降は、誰かの力を借りて口にしたことだ。でも、一体誰が力を貸してくれたのだろう?

 

 

「お母さん。自分がされたことを私にやり返すのはやめてほしい。といってもいきなりこんなことを言われて訳が分からないと思う。だけどもう私には分かってしまったから訳が分からなくても聞いてほしい。あなたは無意識のうちに過去自分がされたことを繰り返している。今まであなたを苦しめた人たちはあなたを尊重しなかったし、謝らなかったし、それに周りにいた誰もお母さんを苦しめた人間を断罪してこなかったんだね。気づいてあげられなくてごめん。私がお母さんにお願いするのは酷な話かもしれないけど、上の世代が耐えないといけなかったことを下の世代も耐えないといけない義理はない。あなたを無理に結婚させる人ーあなたの母親も、あなたに意地悪をし続けていた義姉も、もうこの世にいない。あの人たちの亡霊にとらわれるのは今日で終わらせてほしい。」

「お母さんは……もう気にしてないのよ。あの人たちのことは忘れたの」

忘れた? そんなことはあり得ない。

あの幽霊屋敷で無力な少女を守っていたカール・ユングマントラが私に向かって呼びかけてきた。そんなことはあり得ない。ユングマントラが私に加勢し、見えないものを見させた。母は、どんな理不尽な目にあっても、子どもを育てるために憎しみを忘却しようとつとめたのだ。しかし、忘却しようとすればするほど、なかったことにしようとした感情は幽霊屋敷の養分になっていく。幽霊屋敷、いわば家父長制・イエ制度というシステムのデメリット、抑圧された影が自動的な存在になり、無意識の領域で、イエの中で弱い者を自動的に攻撃するようになる。私は中学生の時に読んだ、ブギーポップシリーズの作者が書いたライトノベルに出てくる「ラウンダバウト」を思い出した。直接ダメージを与えず、偶然の現象によって間接的に対象を攻撃する能力だ。それよりもさらに間接的ということを深化させた、幽霊屋敷の怪奇現象。かつて先祖の誰かが味わった苦痛が無意識の悪意となること。私を直接死に至らしめることはできないが、間接的に消耗させようと猛威をふるう幽霊たち。母は今、彼女/彼らと同じように無意識の攻撃を私に行う存在になっている。

「虐待された子どもが大人になって今度は虐待する側にまわる」というありふれた言説のことも思い出した。母は女性に対する抑圧を打破する成功体験を持たないのだ。昭和の時代にどうやって貧乏な家に生まれた女性が自由な選択肢など持てただろう。だいたい、母の経験が忘却可能なレベルであるはずがない。私よりも強烈にイエというものの悪影響にさらされざるを得なかった。それでも忘却したと片付け、なかったことにすることでしか前に進めなかったのだ。たとえそれが影を強めていったのだとしても。

忘却と抑圧のメカニズムだけじゃない。そうだ、心理学にのめりこんだときにレッスンした箇所だ。うっかりなんてあり得ない。人が何かを忘却するとき、うっかりやらかしてしまうとき、そこには何らかの欲望がはたらいているというくだりを確かに読んだ。誰かが私の手を握っていた。現実的には夫の手であっただろう。しかしながら、現実にいながら心眼開花によって冥た世界に移動している私の手を握っているのは夫でない。


「本当に認めがたいことだろうけどあなたが何度も加害者の名前を出すのは私を憎んでいるからだよ。もちろん娘を愛しているのも理解しているけど心のどこかで憎んでいると言わざるを得ない。何回も”うっかり””忘れて”て加害者の名前を出すのは偶然じゃない」(この世に偶然などないと、手を握っている人も言う)「心のどこかで私を憎んでいるから無意識に攻撃している感じがする。あくまで無意識だから本人としては"うっかり"だとしかとらえようがない。それは私にはよく見知った現象なんだよ。実家で何度も怪奇現象にあったことは知っているよね?大幅に話を端折るけど、幽霊の正体は【なかったことにした気持ちのふきだまり】のようなものだよ。お母さんは忘れたことにしたのかもしれない。それを責めもしないし否定もしない。そうするしかなかったのだろうから。でも現になかったことにされた気持ちが私を攻撃していることを一旦受け入れてほしい。あなたは私が理不尽なことに対して抗い怒りを表明することに、腹を立てている。それだけじゃなく、ほとんど記憶に残っていないだろうけど、私が自由に人生を生きようとするとき、それを阻害する傾向がある。」(彼女は12年前自分が怒り狂って私にカットモデルを辞めさせた時のことを、父だけが怒り狂って辞めさせたと記憶していた。実際は、両親ともに鬼の形相でカットモデルの現場にのりこみ私を引きずり出したにもかかわらず。娘を好きなようにさせたくないという自分の中の闇の欲望、負の感情をなかったことにしていたのだ)

「こういうことをふまえて、ちょっとにわかには信じられないかもしれないけれど、やっぱりお母さんは自分がやられたことを反復していると私は断定しているし、できるならば、酷な話だけどなぜ自分が娘を憎んでいるのか、同じ目に遭わせてやろうと欲してしまうのか、をカウンセリングの力なんかも借りながら、考えてほしい」

 

ここまで並べ立て、私は帰ろう、お母さん。と言った。

母は飲食代を払おうとしたが私は断ったし夫にも出させなかった。今日終わらせると決めたのだから、母をあの幽霊どもと同じようにはすまいと、言葉遊びのようだが私がはらうのだ。

 

母を見送って、帰りの電車で「なぜ今まで気づけなかったのか疑問だ。お母さんは自分が苦しめられてきたことを娘に繰り返してるだけ。よくある話なのに」とつぶやくと、夫は「前からうすうす勘づいていたんじゃないの? 言葉にできなかっただけで」と言った。そうかもしれない。

 

私が床についても夫は何かを考えていてなかなか寝ようとしなかった。

「なに、かんがえてるの?」

「あなたの、能力だよ。人の心を見抜くとき、何かをショートカットしてるんだ。」

「ただの第六感じゃない」

そう、ただの第六感。ただし一朝一夕のものではない。コーヒー屋で手を握っていたのはかつて泣いていた先祖の誰か彼かだ。家父長制というシステムのデメリット(個人の人格を尊重しない)によって起こされた、何十年も前の、ひょっとしたら百年以上前の出来事によって無意識の悪意に成り果てる以前の、怒りや悲しみを抱えていた個人(たち)が私に同調しサポートしているのだ。

私はもはや家という限定された場所を媒介にしなくても第六感を発揮できるほどに成長していることを知った。私の曾祖母は腕の立つムダン(イタコ)だったが、今は2018年、大掛かりな口寄せなど必要ない。たとえば、繰り返す抑圧から母を解放する程度の能力さえあればいい。

媒介は、現代人らしく心理学の知識くらいにとどめて。

 

 

Rちゃんのお母さんの妹の夫はいつも不機嫌で今日もガレージの周りをぐるぐる回っている

①実家に帰ると必ず現れる自動的な存在

 

実家に帰る。新××の家ではなく、引っ越す前の、私の生家である「幽霊屋敷」に。

玄関の前には死んだはずの犬が、老いてはいるが復活している。私は急いで犬を家の中に入れようとする。なぜなら、今にもヤクザが現れようとしているからだ。実家にヤクザが現れる理由は判らない。私が居るからとしかいいようがない。彼らはヤクザの形を借りた自動的な存在なのだろう。それこそ、幽霊のような。

(ある人が「自動的な存在」とはどういうこと、と訊いた。私は少し定義を考え、「彼らに意思はない。ただ害する者として表象されている。だから生身のヤクザより、幽霊に近い」と答えた。)

家に兄姉はいないけれども両親はいる。いいとしをした大人が揃っていてもヤクザに対する戦力にはなってくれない。私はどうにか襲撃を切り抜けようと頭をはたらかせているが、両親はどこか間がヌケているというか、平生の雰囲気というか、頼りにならないこと間違いなしだ。私に言わせれば、犬も両親も危機感が足りない。向こうは銃火器すら持っているというのに。

家じゅうの出入口を閉めるともうヤクザは家の前に来ている。きっちり戸じまりしたはずだったが、窓の一部があいていて、そこからヤクザのうち数人が侵入しようとしている。その辺にあった棒でどつき回してやっつけると、一団は引いていった。

でもまた来るだろう、多分。なにせ彼らは自動的な存在なのだから。

 

②子どもには害がないが女性には害がある架空の男性

 

意地悪なおさななじみ(以下Rちゃん)と家の近所をぐるりと散歩している。彼女は現アクセサリー作家で中学を卒業したあと交流はない。我々は家の裏側の筋から途中で右に折れて隣家までぬけてくるコースを歩いている。

曲がる地点で、私は後ろから成人男性がついてくる気配を察知してパニックになる。少し先にいるRちゃんに、「Rちゃん、ちょっと待って、誰か来る!!」と叫ぶ。Rちゃんは立ち止まってふりかえり、その男を見た。男は20-30代、ブサイクではないが、素性正しいといった風情ではなく、何より私を不安にさせる何かを持っている。

Rちゃんと男がわずかな間話した。すると、男は去った。Rちゃんが「〇〇ちゃん落ち着いて。あの人知ってるでしょ」というが私は全く思い出せない。けれどもLINEの履歴を見ると(幼児に戻っているのにLINEがある。この後も、時間が部分的に入れ替わった箇所がところどころある)、私は気安くあなどった調子で男とやりとりしている。男のことを想起してみると、彼は子どもには害がないが女性には害がある。スキあらば女を手に入れようとしていて、彼女らを尊重しているフシはない。定職にもついていないようだ。少し精神的に不安定そうな感じもある。

 

③Rちゃんのお母さんの妹の夫はいつも不機嫌で今日もガレージの周りをぐるぐる回っている

 

Rちゃんのお母さんの妹の夫はいつも不機嫌な白人男性だ。元夫というべきなのかもしれない。彼の妻はすでに失われている。彼はまた、私やRちゃんがたまり場にしている屋外ガレージの周りをぐるぐる歩いている。

ガレージは乗用車が最大20台ほど駐車可能な大きさで、子どもが遊ぶ時間帯に車が出入りすることは滅多にないため、近隣の子どもにとってうってつけの遊び場である。Rちゃんの家を含めいくつかの小さな商店を前にした位置により近所の目もいきとどいていて、子ども同士のケンカを除いてへんなトラブルが起こる可能性は低い。例外的にRちゃんのお母さんの妹の夫は我々が遊んでいるときに延々ガレージの周りを歩いていて時々子ども相手に何か言ってイビることがあるのだが、大人は事情をのみこんでいて彼をよけることはない。幼児でありながら今の私でもある"私"は、「彼はRちゃんのおばが死んで精神を病んでいるのかもしれない」と思う。子どもにとっては単に、意味なく難癖をつけてくるちょっと怖い人だった。

この話はどこまで本当かわからない。部分的に現実であったような錯覚がある。Rちゃんのおばの存在は偽の記憶だと思うのだが、彼女は実在しないと断言できない。音楽関係の仕事をしていて外国人と付き合っているというじつにありそうなイメージが脳のどこかにはさまっている。そして、亡くなったといわれたらそうだったような気もするのだ。

 

町内会に行くと、おっさん達が集って話をしていて、その中にあのヤクザの話題も出て、「いやあお宅の娘さんが大活躍で」などと父と私におべんちゃらを言っている。そんなことを言いながら、彼らが何もしない気でいるのは明白だ。私は本当は「そんなことより、あいつらを何とかしてくださいよ!」と言いたいのだが、「ええもう、ムカついてヤクザをボコボコにしたったわ」と口が勝手に動いてしまう。おっさん達はそれを聞いてますます手助けせずともよい口実を作ったようだ。父も何も言わない。「町内会」のくせに、実際の町内会長であり隣家の主であるTさんはいなかった。彼がいたら、真面目に考えてくれたと思うが。

私はふと思いついて②の男に「次ヤクザが家に現れたら私は死んでしまうかもしれない」とLINEしてみるが返信はない。"不機嫌な白人男性"にこっそり「ねえ、私ヤクザに殺されるかもしれないんだ」と打ち明けると、彼だけは私を心配してくれるのだった。

 

"不機嫌な白人男性"はRちゃんのお父さんに顔立ちが似ている。お父さんは教師で私に話しかけることはあまりない。一度だけ怒られたことがあるが何で怒っていたのかは理解不能だった。

"不機嫌な白人男性"が実際にガレージの周りをぐるぐるしていたということはない。むしろ、知らない男(不審者)がガレージや実家の周りを現実にうろちょろしていたのではなかったか? ガレージにいたときはRちゃんや他の子が一緒だったからその存在を見なかったことにするのが可能だったため、強く記憶されてはいなかったのだ。また、不審者の方でも子どもが複数いる場合近寄らなかった。だが、私が一人のとき彼は脅威だった。彼は町内をぐるぐる回っていて子どもが一人になる瞬間を待ちかまえていた。

不審者は"不機嫌な白人男性"では決してない。"不機嫌な白人男性"が私を心配したとき、本当に病気で私やRちゃんに難癖つけていただけで、彼が他人を心配してあげられるマトモな神経を持った町内で唯一の男性だとわかった。失われた妻をもとめて、その不在に耐えられず、理不尽さに縛りつけられ、どこへもいけずガレージの周りをぐるぐる回ってその場にいる子どもに消化しようのない感情をぶつけるしかなかったのだろう。

不審者は"不機嫌な白人男性"ではない。

 

④死や狂気から最も遠い芸

 

夢をみていた。ある人と手をつないでいる夢だ。起きたら実家で、N江君と手をつないでいる。彼は現実にはいない幼い弟の役を兼ねている。両親も、現実の姿と藤子・F・不二雄の漫画に出てくるキャラのような姿と交互で表されている。

両親は家の中の痕跡を消すため、家じゅうの書類やぬいぐるみをバラバラにしている。可燃物を細かくすることで、ヤクザが家に火を放ったらよく燃えるだろうという算段らしい。少しでも痕跡をのこさず家の者に追手をつきにくくさせる工夫をしている。弟はお気に入りのぬいぐるみがバラバラにされ中のワタすら出ているのを見てショックを受け、「僕のゾウさん(ぬいぐるみの1つ)がこっちを見ている」と怖がる。

わずかなすきまから外をのぞいて、ヤクザが再び襲撃に来たことを把握する。実をいえば確かめるまでもなく彼らがいることは承知しているのだが、一応目で確認したのだ。彼らはバズーカまで持っている。いかに戸じまりを十分しようとも、これでとびらを破壊されたら、後は数で負けてしまうだろう。ヤクザの一団はすべて男性らしく、ヤンキーの同級生、お笑い芸人に加え絶縁したいとこなどで構成されている。

私は、死ぬような目にあうならその前に、1つの事柄についてあらいざらいぶちまけるメッセージを送ってしまいたいと一旦はiphoneを手に取る。しかし、それは私が墓まで持っていくべきものであった。そのような秘密をひっそり隠し持ったままにしておくのがいい年齢の重ね方をした人の仕事であり、理性がなければこの芸当はできず、死や狂気から最も遠い芸であると私は信じていた。内心しまっていたことを放り出したくなったことをも含めて、自分自身のおおよそすべてに対してはっきりと、なおかつ自然に納得した。

私は墓まで持っていくべき秘密を抱えたまま、「幽霊屋敷」で棺桶に片足をつっこんでいるのだった。

 

 

幽霊屋敷ではどんなことも起こり得る

 

jahlwl.hatenablog.com

 「幽霊屋敷についてのテキスト」にて、ある日たまたま心理学の本を家でみつけたことで毎晩発生する怪奇現象を幻聴だと思いこむようになり恐怖から身を守った経験を書いたのだが、なんとその本は家族の誰も買っていないことが判明した。

自分→当時は小学生だし、おこづかいも少ないし買うわけがない

父→歴史、数学、理科系の本しか買わない

兄・姉→雑誌か漫画しか買わない

母が買ってきた可能性を考えていたのだが、先日母と会った時にそのことを聞いたらそんな本は知らない、お母さんのじゃないよ、と証言したため家族の誰も購入者じゃないことになってしまった。

 

ふつうに考えたら来客の忘れ物だとかそういうことなんだろうけど、万が一、人ならざるナニカがポンと本をくれたのだとしたら、幽霊屋敷で正気を保つためのただひとつのアイテムを寄越してくれたのだとしたら、本の内容を理解可能な年齢になってから与えてくれたこころづかいに感謝する。

そして、ふつうのことじゃないことがあの家で起こったとしてももう特におどろかない。

念仏

台風のせいだったと思う。

昨日は低気圧か生理か眼精疲労かそれら全てのせいかでアタマが痛く、ノーシンピュアを飲んでも痛みは依然としてあって、そうでなくても体もアタマもしんどいのであんな夢をみたのだと思う。

客観的にみれば悪夢をみる要素はいくらでもある。湿気と台風で寝づらい夜だった。しかし、本物の恐怖だったという感触も同じくらいある。

本当に起こったことではないであろうというそれらしき証拠をいくら並べても、あまりにも恐怖がお馴染みになってしまったので、私には恐怖の存在の是非よりも身に降りかかったことにどう対処するかの方が重要事項になっている。

 

昨夜は0時すぎに布団に入ったのだった。途中二度目を覚まし、一度目は風の音か湿気のせいだったのだろう。夫にトイレへ連れて行ってもらい、用を足してまた寝た。

二度目は現実と夢の境目にいた。どっちだったのかはわからない。とにかく自分は横になっていて、夫も横にいる。風の音がすさまじくなっている。ふいに風の音に混じって「◯◯さん(私の名字)」と呼ぶ声が聞こえた。私は声に少し悪意が混じっていたのを聞き逃さなかった。あのイエなるものが京都にまで追いついたのか?と心が急速に凍り始めた。いーや違う、私はもうイエの恩寵を受け取らない、親の葬式にも行かない覚悟をし膝元に泣き崩れたいことがあっても実家には帰れないかわりに、脅威にもさらされないということになっているはず。じゃあこれはなに? と考えているうちに、片方の足をなでられた。(つかまれたけど蹴飛ばしてしまったのかもしれない)

冷静になれ。ふつうに考えたら夫の足が当たっただけなのを、夫ではない誰かにさわられた、ととりちがえているだけだ。だいたい、イエなるものの脅威は私に直接触れることがなかったじゃないか、などと述懐していても、そんなのは自分に言い訳しているだけだよとわかりきった自問自答がかえってくるだけだし、夫の両手が私の足の方向にはないことを視認して早鐘の如く恐怖が加速していく。

 安心していたのに。取引は成立したと勝手に私が思っていただけで、脅威は未だ私から何かを徴税するべく怪奇現象のあり方を変容させて迫ってきているのだろうか。ヒトならざるものの声が名字を呼ぶのはどんな意味があるのだろう。イエから発生したものがイエの名前を呼ぶのは。お前はイエから逃げ切れないことを忘れるな、とでも言いたいのだろうか。単に恐怖の記憶の反復であってイエなるものは関係ないのだろうか。その間にも声が風に混じって聞こえてきて、そんなもんを耳にしていると自分がマーブル状に溶けていくような感じになってきた。これはまずい。死んだものより生きているものの方が強いのだ、と「低俗霊MONOPHOBIA」から学んだ。生きている自分が溶けていくのは徹底的にまずい。生きてないものに対抗できないじゃないか。

 

と、いうわけで、私は念仏を唱えはじめた。あまりにもチープ、あまりにもオールドスクールスタイル。30年生きててこれかよ、と恐怖のまっただなかにいても呆れてしまう行動だった。しかも、「南無阿弥陀仏」の部分だけ。案の定喉が金縛りにあっていてうまく声が出なかった。それでも「南無阿弥陀仏」「南無阿弥陀仏」と唱え続けた。祖母が死んだ時にウチの葬式は真言宗式だったとわかったんだっけ?思い返しても断言できない。仮に真言宗だったとして、真言宗南無阿弥陀仏で合っているとは限らない。日本史の知識は大学受験から10年以上過ぎた今、風の前の霞にすぎなかった。ただ2018年7月下旬、私に出来るのはこれだけだ。ヒーローのように格好よくお化け退治など出来ない。今起こっているものがなんであれ、かつての恐怖の記憶をがちがちに刻みつけられた私は恐怖の前で固まる羽目になってしまう。だから数少ない出来ることをやるしかないのだ…

 

南無阿弥陀仏」とはっきり発声した瞬間に夢と現の呪縛を逃れた。私は隣に夫がいるのを確かめ股間を握った。アホらしい話だが怪異は汚いものを嫌うと聞いてからこれが一番落ち着くのだ。死とか怪異とかの真反対はちんちんやまんこだという気もしなくもない。

そして私はもう一度夢をみた。かつてあった楽しいもので、今はもうないものの夢を。

夢の中で私は四条河原町にいて友人とばったり出会った。よく遊んでいたし頼りにもしていた。あるいは空白を埋める存在だったのかもしれない。性行為があったためにお互いにパートナーが出来てからは一度も会っておらず懐かしさの象徴として時々夢に出てくる人物であった。

現実の台風の影響か夢の鴨川も泥水であまりきれいな風景ではなかったが先斗町の際で我々は河川敷に座っていた。「ねえ、昔もこういうことがあったね」「そうそう」「何度もあったけどさ。でももうないんだよ」

 

起きて、散髪に行った夫のいない部屋で一人で夕食の支度をして、小学校にいた意地悪な男子のことを思い出した。彼は今でいうシングルマザー家庭の子である日いきなりお母さんが死んでしまい、離婚した父に引き取られて転校した。私は彼のことを良く思っていなかったけどお母さんがいきなり死ぬのは理不尽な仕打ちだと思った。引き取られた先でお父さんにボーリョクとかふるわれてないといいな、とも思った。

大人は「いつものように横になって、寝てる間に、静かに息を引き取った」ということを唯一の救いみたいに話していた。その時は聞き流していたけど、何年も経ってから、(寝ている間に静かに死ぬように他人からは見えているだけで、実は恐ろしい夢をみてショック死したのではないか、そういう事もあり得るのではないか)という思いこみが兆してきた。兆したあとは脳の一箇所にしっかりと差し込まれて消えることはなかった。

私はショック死したくない。めちゃくちゃ怖かったけど、「無抵抗のままお前らにはやられんぞ」って血反吐はいてダサい念仏唱えたよ。いつか失敗するかもしれないけどさ。誰にもみられない闘いを闘い抜いて運良く生き残れたら戦記を綴る。昔と同じように怪奇現象と闘う。両親に恐怖から守ってもらえないままサバイブしてしまったから、しょうがない。両親は何がなんでも私を二階で一人ぼっちにするべきではなかったが、今更どうしようもない。しかし、過去は改変できずとも過去から来た怪物を叩きのめすことは可能と既に分かっている。誰にともなく語りかけながら、スープを完成させた。

 

いつか対処に失敗するかもしれないわけのわからない恐怖は定期的にやってくる。恐怖の記憶が体の奥底に刻みつけられているので。それとも新しいルールの怪異が忍び寄ってるのかもしれない。

私はせいぜい夢の世界で右ストレートや上段蹴りや南無阿弥陀仏が上手くなるように現実のレッスンを続けるしかない。そろそろコツも分かってきた。これを読んでいるあなたにもエッセンスは伝わっていることと思う。

 

良き思い出を燃料にしながら念仏を唱えよう。何度夢想しても昔鴨川でとてもよいデートをしたことは薄味にならない。もうないから古代の壁画のごとく強烈なイメージを風化させずにしまっておける。(もうないは永遠とおなじ) あの日は真っ白いワンピースを着て、鴨川に寝そべって、風邪ひいて看病してもらった。地獄からの使者がきても追い返せそうなくらい素敵な記憶。

タヌキのイエ

私の経験した怪異はだいたいが音に関係するものだ。

実家にいた頃は二階で足音、「死ね」という声、「ワッ」と驚かす声、深夜の爆音オーケストラ演奏などが闊歩していたけれども。

大人になってからは二回ほど幻聴が聴こえた。

院生の時分、知人の男に無理矢理性加害を受け毎日呆然としながら暮らしていたらどこからともなくレゲエが聴こえてきたのだ。

最初は近隣住民の流す音楽が漏れているのかと思った。しかし早朝の閑静なアパートでそんなことはなかった。じっと耳をこらしていると確かに自分の部屋から出ている音だ。レゲエといっても色々あるがルーツレゲエのようだった。

私はレゲエが好きだったし特に怖がらなくていいようなものだと直観していたので静かに音を聴いていたが、音楽鑑賞に関しては死ぬほど堪え性がないため「ずっと同じだと飽きるな…」と思った。すると、瞬間に謎の音はダンスホールレゲエに移り変わっていった。その後ごていねいに男性ボーカルと女性ボーカルの使い分けまでしていた。

大学院の授業に出た帰りの道すがら、同級生にこの話をして「これでヒップホップも流れてくれたらもうiPodいらないんだけどねぇ」とつぶやくと、「お前がバカで本当に良かった…」と幻聴を肯定的に捉えていることに対して呆れ半分安心半分でしみじみ言われたものである。

 

数年後私は複数回の性加害などのため沈鬱を抱えながらも結婚に向けて共棲みしていた。女性を差別し搾取する人が多いことにもそういう事象に立ち向かうことにも散々に疲れて、加害する人たちがそうそう悔い改めて差別やめますとなるわけもないけどこんなに頑張ったんだからもうあったかい家庭をつくってふつうに幸せになりたいと願っていた。

しかし幻聴は現れた。今度も怖くなかった。ただ自分に限界がきていることを悟っただけだった。

それはヒップホップの形象をしていてオールドスクールスタイルの馴染み深い音が深夜の自室に鳴っていた。横になっていた私は起きてiPodを点検したが当然再生したままにしていたわけではなく、隣で寝ている婚約者に音が聴こえるかとたずねても彼には知覚できない。私にだけヒップホップは語りかける。

無論私へのメッセージがリリックになっているわけではない。私のストレスが限界量を越えたと私にまつわる何かが判断した時にレゲエだのヒップホップだのが現れると理解していた。証明は必要なかった。既に疲れ果てていたので。私の部屋には訪問者をミソジニストかどうか判断できる魔法のウツボカズラがあったが婚約者はおっちょこちょいの私が一度も落としたことのないウツボカズラの鉢を落としたうえに私に置き場所が悪いと開き直る様子すらなく言っていたし懸念事項は他にも色々あったのだ。(ウツボカズラは後に殉職し、私は最良の友を失った悲しみにしばらく意識を失った。彼/彼女は私を家庭内のミソジニーから守るため全ての力を使い果たして死んだから)

かつて自分が「これでヒップホップも流れてくれたらもうiPodいらないんだけどねぇ」と発したとおりになった。私自身が人間であることに飽き飽きしiPodにでもなってしまえばいいという気分だった。

 

今月は今日これを書いている時までずっと夫のミソジニーを追放することに徹していた。私のシックス・センスは29才の今も限定的に抜群で夫のミソジニーをあれよあれよという間に解体して正体を掴んでしまった、正体はよくある内容なので省くけれど。そしてソファで大変疲れ切っていたらふと怪異のことを思い出したのだ。姿のない、音だけのあれこれ。それと、音だけではなかったもの。

小学校へ上がる前の頃、となり町の、母同士も子ども同士も交流がある家に遊びに行った。

その家の年上の男の子が誕生日で、男の子と男の子の母と私の3人でお祝いした。ケーキなどを食べてアニメをみて楽しんでいたら、男の子の母が「となりの部屋に行くけど、あなたたちは入ったりのぞいたりしないように」と言って隣室に入り障子を閉めてしまった。

だけど入るなのぞくなと言われるとそうしたくなるのが子どもだ。我々2人は最初障子の前で聞き耳をたてていた。なんと男の子の母は誰かと楽しそうに話をしている。3人しか家にいないと思っていたのに、一体誰と話しているのだろう? しかも心の底から楽しそうなのだ。

気になって、そっと、ほんの少しだけ障子のすきまを開けて中をのぞいた。男の子の母はいつの間にいたのか和尚サンと喋っていた。後にも先にもこの時以上に楽しい、ということばが似合う場面に出会うことはなかった。本当に楽しそうだった。

やがて会話は終わり、和尚は部屋にあった仏壇に吸い込まれた。我々は驚愕して声ひとつ出なかった。男の子の母が立ち上がったので、急いで戻り元どおり遊んでいるふりをした。

 

<パートナーの考察>

妻は何故家の中で姿の伴わない音の怪異を知覚するのか。また、他人の「その人自身も気づいていない防衛のカラクリ」を看破するまるでESPのような能力がある。

それらは妻が産まれてみんなが赤ん坊を育てることに集中したためようやくちょっとだけ家庭がまとまったという生育環境に関係があるだろう。(それだけではないだろうが)

ごく幼い頃から大人の表情や漏れ聞こえる会話を拾って推し量るクセがつき、知らず知らずのうちにクセが磨かれて言語化できないものを怪異として知覚したり鋭いカンとして発揮したりするようになったのではないか。

それと、家には見えない所がたくさんあることも関係しているかもしれない。死角もあるし、壁の中は見えなくても電線が入っていたりするものだ。見えないからこそ音だ、ということはあるかもしれない。

 

<再び、私の考察>

となり町の家のことは全然怖くなかったしタヌキが坊主に化ける話を知ってからあれはタヌキに化かされたのだと思っていた。オカルト好きな人に不思議なエピソードをねだられでもしないかぎり思い出しもしなかったのだけれど、今日思い出してみると新たな発見があった。

あの時、心の底から楽しそうにしていた男の子の母を見たとき、ちょっとだけ、なんだか淫靡な感じがした。みだらということばすら当時は知らないので今になって言語化できたことだが。そして、主婦があんなに楽しいという感情を持てるものだと思っていなかったのでびっくりした。当時主婦という存在はひたすらに家と子どものことで手一杯の印象(これも今になって言語化できた)だったので。

 

タヌキのことは家の記憶だろう。家の記憶を戯画化して受け取った。まさか実際に仏壇に人間が吸い込まれたわけではあるまい。シックス・センスや虫の知らせとは言語化前に無意識のなかにしまっておいた膨大な情報が、整理されても人間の処理能力を超えたために特殊なやり方で表現されたものだと考えている。

 

男の子はその後すぐ思春期になりまだまだ幼い私とは交流がなくなった。彼はバンドマンになり、そのまま音響関係の仕事についた。私もまるで誰かが打合せしたかのように音楽をはじめた。

幽霊屋敷についてのテキスト2(遅くても確実に)

「幽霊屋敷についてのテキスト」

http://jahlwl.hatenablog.com/entry/2018/04/22/163204

前回、幽霊屋敷の正体がイエなるものだと勘付いたことを書いた。

なぜ今まで気づかなかったのか不思議だ。あの家で私を苛んだものはなんであれイエのバリエーションだったのに。

 

幼少時の恐怖は私にとって非常に大きく、また、決してそのように大きくあってはならないものだった。恐怖の記憶は私という人間の核の部分に刻み付けられ、ただの単語でも恐怖を表現するものを見聞きするとたちまち奥底が刺激され自動的に体がすくむ体質になってしまった。冗談抜きで、「幽霊」という字面をみただけで体の芯から恐怖の記憶がわきあがりリピートされるのだ。

 

もし心理学の思いこみがなかったらどんな人生になっていたか? 幽霊屋敷にたまたまユングの本があって、それをたまたま発見して、たまたま読書が好きだったから読みはじめて、以外のルートを辿ったら、ということは考えたくない。どうせ、恐怖に負けて大事なものを差し出すはめになっていただろう。たとえば正気とか。

 

私の中には恐怖の記憶の他、ユングの授けたものが内蔵されている。まだまだ効いている。マントラは人生の途中で効力を失ったが、ユングは恐怖から身を守ること以外にも時間と知識を授けた。つまり無力な少女が家を出て行くのに十分な年齢になるまでの時間を稼ぎ、人文学の方へ興味をいざなった。

彼が導いた方向には心理学をはじめフェミニズム社会学といった学問が豊穣に揃っており、私はそれらに興味を持ち知識を吸収することで知らず知らずのうちに反イエなるもののパワーを養っていった。兄や親戚にバカにされていたこと、女のくせに勉学に励むという姿勢や女のくせに男に逆らうといった要素が結局私を暗い分岐にはいかせなかった。わかりきったことだが、都合がわるいからおさえつけられているのだ。フェミニズム社会学は物心ついた時からおかしいだろと思ってたことを先行研究で裏付けをとった部分が大きかったが、とりあえず私の存在はイエのシステムおよび構成員にとってテロだった。

なんにせよ、ユングをはじまりとして、さまざまな知識が防禦だけでなく攻撃する力も分けてくれたらしい。それは無論人生において最良の贈り物だったし、かつ、おそらく人文学がヒト1人に授けうる最高の贈り物だった。

 

 

成長した私は親族相手に大立ち回りをした。詳細は省く。有り余るほどの自由と孤独を勝ち取り、血の繋がる者たちの前から永遠に去った。

親族が私の反撃や批判に「参りました」と言ったわけではない。ただ、距離を取ることに成功しただけだ。しかしながら、私が去ったあとの空白は別の人間が埋めた。私の闘争を目撃した人間が感化されて闘争をはじめたのだ。自分でも知らないうちに、イエvs反イエの構図が完成された。多分、L家K家の歴史上初の出来事であろう。今となってはイエなるものが最初から造反者を見抜いていた説の信ぴょう性も高まった。彼らにとって私がまことウザくてじゃまな存在に成長したからだ。イエのシステムを真っ向から否定する上に、私が死んでも代わりはいるので。

 

イエなるものの脅威は厄介だ。見える脅威はヒトを暴力や性差別で直接損なうし知覚できない脅威は無意識で老獪に猛威をふるう。先祖のシャドウ、家父長制の中から発生した悪意は、血や集合的記憶といったものに脈々とうけつがれている。でも私は出て行く前に、射程距離からぐっと離れる前に、ウイルスをセットしていったから。L家もK家も歴史は長い。今すぐ効果は出ないかもしれない。だけど、20年かけて自分をイエから逃したように、後任の戦士が現れたように、それは遅くても確実に効くのだ。長い戦いは人文学の最も得意とするところだから。

 

 

ユングとの出会い、人文学の知識がもたらしたものは、イエなるものに反撃を加えただけでなく、30年近くかけて無意識の領域ではいまだ恐怖の前に凍りつく私を半分は解放してくれた。稼がれた時間の中でイエから飛び出してイエの中にいたままでは経験できなかったであろう現実のさまざまなことがそのまま夢の世界でのレッスンだった。

次に恐怖の記憶が姿形を変えてやってきたとき、しっかり右ストレートの対策をされていたらどうする? 右腕の自由を奪われてしまったら?

ーそう、頭つきでも、つばはきでもしたらいい。

どんな脅威がきたとしても反撃の意志をなくしさえしなければ、いのちとりにはならない。自分を致命的に損なってしまうことはない。

この調子で行くと、還暦前には下半身も動くようになるだろう。ねがわくば夢の世界で踊るようなすばらしい上段蹴りができますように。

幽霊屋敷についてのテキスト

春になると幽霊屋敷を思い出す。

幽霊屋敷とは今はない私の実家だ。ごく幼い頃に父が建てた。二階建てで、一階が風呂や台所やリビングなど、二階が兄・姉の部屋と私と両親の寝室という構造だった。私の部屋は兄が出ていくまでなかった。屋敷というには狭すぎるけど、それ以外に呼びようがない。

 

物心ついた時既に怪奇現象ははじまっていた。

深夜、とてつもなく大きなオーケストラのような音がして目が覚める。当時幼稚園児だった私にはどうすることもできず、両親を叩き起こしても彼らには一切感知できなかったので対策のしようはなかった。

おそらく怖がらせないためだと思うが、親は「きっとご先祖様が音楽を演奏しているんよ」と私に説明した。ご先祖様という概念は、チェサ(法事)をきっちりとやり儒教的な考えを大事にする家に育った私にとって馴染みやすいものだったのですんなり受け入れることが出来た。

毎日ではないがオーケストラの頻度はそこそこあった。うるさいのはうるさいがご先祖様が遊んでいるだけなのだから、と一人深夜に納得していた。

 

幼稚園児の頃は親が一緒に二階にきて物語などを読んで寝かしつけてくれたが、小学生になると一人で寝に行くことになった。新しい怪異が始まっていたので毎晩多大な勇気と我慢強さを消費した。

両親は「何が何でも九時には子どもを寝させてあとは就寝時間まで夫婦で洋画やニュースをみる時間にあてる」という方針だったようで、どんなに怖くても半強制的に九時には二階へ上がらされていた。

今どきノイズ演奏家でもやらないような‪深夜の民家内爆音上演に比べて新しい怪異は独創性に欠けていたが、単純ゆえに効果は絶大だった。

二階は階段を上がってまっすぐが兄の部屋、左が姉の部屋、その奥が両親と私の寝室だった。当時大学生と高校生だった兄姉が夜家にいることはほとんどなく、誰もいない姉の部屋で足音がしていても無視する他なかった。

足音は私に直接何かすることはできない。できないから間接的に消耗させようとしているのだ。近づいて驚かせばいいのにしないのはそれが不可能な証拠であり、なれば徹底的に見ないふりをするしかない。一階に助けを呼ぶには姉の部屋を通過しないといけないからそれもしない。そんなゲームには乗らねえ、と決め込み両親が就寝する十二時まで長すぎる三時間をすごした。

時々一階から夫婦ゲンカの会話と皿などが割れる音がしたが、怪異よりは冷静に聴けたし圧倒的に親しみやすかった。どんな音であろうと確実に自分の親が出した音である。会話を盗み聞きすることに集中していると怪異のことも忘れられたが、怪異が毎日起こるのに対して夫婦ゲンカはそうそう起こってはくれず世の中うまくいかないのであった。

足音の怪異は中学生まで続いた。私は両親に訴えるのを諦めたわけではなく定期的に怖いからなんとかしてくれということを伝えた。幸いにも両親ともにシックス・センスのある人物が生まれる家系で、霊的なものに対して全肯定はしないが軽視もしない人たちだった。嘘や妄想扱いされたことは覚えているかぎり一度もない。母親はそう高くないものなら魔除けグッズを買ったり手作りしたりしてくれた。残念ながらグッズの効果はあまりなかったが。

 

また、この頃怪異が決して「ご先祖様」などではないと勘付いていた。「ご先祖様」なら、血の繋がった子孫に対して姑息な手段で多大な恐怖を与えるはずがないからだ。

 

早熟で刑事もののみすぎだった私は将来プロファイラーになることに決定し、十才から心理学の本を読んでいた。家にはユング解説などの心理学の新書が数冊あったので貪るように読んだ。そして唐突に怪異はストレスによる幻聴だということになった。

家はビンボで親族間のいざこざもある、兄姉はろくに帰ってこねえしついでに言えばガッコもおもしろくない、これだけ材料が揃っていれば幻聴の一つや二つ聴こえるわい、ということになりより徹底して怪異を無視した。ストレス扱いすることが自分を守るためのマントラだということを差し引いてもあれだけ素直かつ激しく思いこめたのは今からすると驚きである。ユングも泣いて喜ぶだろう。

 

中学生になると兄が一人暮らしをはじめ、私は念願の一人部屋を手に入れた。足音こそしなかったものの毎晩寝床で耳に息を吹きかけられるという怪異(なぜかそれは男である)があったが、「はいはい、幻聴幻聴」という感じで布団を頭から被って無視した。

一人部屋を手に入れる前、「あんたもたまには一人でいたいだろうから」と姉の不在時彼女の部屋で過ごすことを許可され喜んで早速昼寝をしたら案の定人ならざる者の声が聴こえギャッと叫んで逃げ出した経緯があるので、兄の部屋を手に入れたことは万々歳だった。

息を吹きかけられるのは不気味ではあったが誰もいない部屋で足音がしたりよくわからぬ者の声で「死ね」と言われたり(なぜかそれは女である)することに比べたら、布団を被ればシャットアウト出来る程度の怪異は耐えやすし、だったのである。加えて心理学の思いこみが味方し二、三年ほどそこで過ごした。

 

高一の時、父が叔父(父のきょうだいの一番上)の連帯保証人である関係でうちは自己破産し実家も手放すことになった。両親は私の想像もつかないような苦労をしていたことと思うが、こっちとしてはようやく幽霊屋敷から出ていけるので気が楽だった。同級生のツテで引越し先もすぐに決まった。新しい実家はファミリー向け賃貸マンションだった。そこでは、いや、父の建てた家を離れて以降私の住んだ場所に一切の心霊現象は起こらなかったのである。私はだんだんに恐ろしい記憶を忘れていった。

 

幽霊屋敷のことを久しぶりに思い出したのはそこから離れてずいぶん年月が経ってからだった。その日姉と食事をしていた。姉は兄が出たあとしばらくしてやはり一人暮らしをするようになり、私も両親との関係が悪化したため成人前に実家を出ていた。

唐突に幽霊屋敷のことを思い出したので、食事の時に「うち、あの家に住んでたとき色々怖い目におうたけどきっとよっぽどストレス溜まってたんやね」と冗談ぽく切り出したのだがその瞬間に姉は固まっていた。

「え? あんたも?」

 

 

姉によると私が経験した怪異と全く同じことが姉の身にも起こっていたらしい。しかも耳に息を吹きかけられるに留まらず、べろりと舐められたというではないか。そんな話を一度もきいたことがなかったので自分一人の幻聴だと思いこんでいたが、幻聴などではなく現実に起こったことだったのだ。

 

姉が一人暮らしをすることになった理由は複数あるが直接のきっかけになったのは幽霊屋敷のせいだった。

姉は人一倍怖がりの私と違ってホラーが全然平気な人だったが流石に自分の身に起こったことは気味悪く、じょじょにやつれていく姉をみかねた勤め先の常連客のすすめである占い師のところにいったという。

普段占いなど全く信じない姉が占い師のところに行ったというので余程切羽詰まっていたのがわかるが、ほんとに当たらぬも八卦という気持ちで占い師をたずねた彼女は驚愕することになる。

 

ドアを開けた瞬間、占い師が「あなた、今家がやばいでしょう」と言った。

確かに二つの意味でやばい。姉はなぜわかるのですか、と彼にきいた。彼の説明は以下の通りである。

 

あなたの家に起こっていることの原因はあなたのせいではない。あなたの父についているもののせいだ。父が昔池のヌシを殺してしまったため父のみならず子にも影響を及ぼしているが、父はそのことに気がついていない。あなたは家を出なさい。

 

なぜそんなに強そうなものなのに私の命に別状はないのですか、と姉はきいた。

「あなたの守護霊が強くて向こうもそれ以上の手出しはできないのです。」

私の守護霊ってなんですか?

「龍ですよ、龍。」

姉はそのあとすぐに家を出て行った。

 

占い師のエピソードをきいた時は、お姉ちゃんに龍! 伝説の生き物じゃん、すごい!とケラケラ笑って話を終えたが、一つ釈然としないところがあった。池のヌシの呪いは父(と家族)から金も家も奪ったが、姉と私以外に怪異は見せなかった。

 

なぜ別種の呪いが混在しているのだろう? 守護霊が強くて手出しできない姉だけならわかるが、私は?

本当は理由付けなんてどうでもよくて、占い師は、ただ「それ以外に方法はないから家から出ろ」ということを伝えたかったのではないか?

その可能性に気づいたのは、姉と占い師の話をした時からさらに数年経ったつい数日前のことである。私は両親との関係悪化のみならず親族とはほぼ断絶していて、今は新しい家族と暮らしている。時々母や姉と会ったり、誕生日の贈り物をしたりする以外は血の繋がった者と関わることはたえてない少し寂しい身の上だ。

 

私は理屈や証明をすっ飛ばして勘付いた。怪異の正体は家そのもの、ことばあそびのようだが家=イエなるものだ。イエに包摂される者たちのなかで一番弱い部分を苛むbotのようなものだ。イエなるものの恩寵を進んで受ける者の前に怪異は現れない。どんなものであれ恩寵と脅威は常にセットだが、恩寵を進んで受ける者の前に脅威が現れる時、それは怪異とは別の形をとるだろう。今となっては確かめる術はないが、儒教的考えを一番強く持っていた兄から怪異の経験をきいたことはないし、おそらくなかったと思う。

もしくは彼らは昔から「この者は造反者になる」と見抜いていたのかもしれない。なんせ五才から「女の子はお手伝いしなさいと言うなら絶対しない、◯◯ちゃんお手伝いしてならするけど」と「目上の人」に言っていたのが私だ。そして、成人後親族からのセクハラを機に私は親族ごと関係を切りチェサにも行かなくなった。もともと、男尊女卑的な思想が目に見える形で出ていたのがチェサのマナーだったので集まり自体は楽しいが消耗する部分もあった。絶縁宣言こそしないがその後同じようにチェサには行かなくなったのがただ一人姉だった。姉は私がセクハラで泣いていたとき黙って味方してくれた唯一の親族であった。逆に、姉が他の親族にセクハラを受けた時唯一相手をぼこぼこに言い負かして黙らせたのも私だった。

イエなるものは「ご先祖様」とは似て非なるものだ。私はイエごと切って逃げた。

私はもう儒教、家父長制、そういったものの恩寵は一切受けない。代わりにその脅威が届くこともない。私の前に怪異が再び現れることは、私が思想転向しない限り永遠にないだろう。

 

<パートナーの考察>

なぜ二階にだけ怪異は集中しているのか? 家が幽霊化しているのが二階だけだ。

怪異とは具体化できないものだ。音として知覚できるが姿は見えない。

一階は具体化されすぎている。そこは生活の場であり、風呂に入りご飯を食べ家族が団らんするところだ。あまりにも見えすぎている。

二階は子どもたちのパーソナルスペースと寝る場所だ。父親の意識の外。具体化されてはいない。だから怪異はそこに現れる。妻がイエの脅威を受けるとき、一階においては目に見える形でしかあり得ないし、二階においては無意識や幽霊なのだ。

 

<再び、私の考察>

占い師が「父が昔池のヌシを殺してしまったため」と表現したように、イエなるものの脅威がもたらされたトリガーは父だったのだろう。だけど、父だけが要因ではない。あれは父の無意識とかシャドウとか言うには下賤すぎる。

最早人格のない悪意そのものだった。おそらくは、イエや家父長制に包摂されてきた者たちの自覚されていない影。父がそのトリガーになった。でも父を恨んではいない。長男だけを尊ぶ家に生まれて、大人になってもしんどかったんだと思う。父は現代っ子の私と違って、イエなるものから逃れてもいいなんていう選択肢など誰からも教えてもらえなかっただろう。だからこそ最後まで自分の夢や信念だった「幽霊屋敷」を手放せなかったのだろうし。

 

脅威が届かなくなっても恐怖の記憶が完全に消えることはない。この間、久しぶりに怖い夢をみた。

おなじみの怪異に怖がらされた記憶が姿形をかえてやってきたというのはフィーリングで分かっていた。足はすくんで動かなかったけど上半身が動けば上々だ。渾身の右ストレートを咆哮とともにぶちかましてやった。殴る時に「効かないかもしれない」なんてことは私は一切考えない。相手が「参りました」と言ったわけではないが、大声を出して動いたことで私はパートナーに起こされて目が覚めた。これでいいのだ。もう殴れる。

 

幽霊屋敷を春になると思い出すのは桃が関連しているからだ。

母が私が怖がっているのを見て、古いまじないをしてくれた。桃の枝を切って刃物と一緒に布にくるんで枕元に置く、三国志の時代からありそうな代物だ。上述の通り残念ながら効果はなかったのだがしかたのないことだと思う。古いしきたりから生まれた呪い(のろい)に古い呪い(まじない)は効かないのだ。私に現れた脅威は、変えてしまうか逃げるかしなければいけない類のものだった。

そんなことより私は母がそれを作ってくれてうれしかった。今でも私をあたためる思い出だ。あんな環境でも私は愛されていた。桃の花が花屋に並ぶ頃になると幽霊屋敷を思い出すのはそのためである。

 

 

5/23追記

 

そういえば、兄は怪異を体験していないはずと書いたが、私が小学生の頃兄が口にしたことが実際怪異として現れている。「この家はおばけいるで、誰もいないのに二階で足音が…」とか「人の声がするんやで」とかニタニタしながら言っていた。

無論怖がらせるためにちょっと冗談を飛ばしただけだろう。実体験として語っていたなら笑えるはずがないのだから。結果そうなるとは知らず現実に妹2人が恐怖のどんぞこに叩き込まれることになるとは考えもしていなかったにちがいない。

これが偶然とは思わない。もちろん、足音や人の声はベタな怪談でありオーケストラや息を吹きかけられることは予期していなかったのだから、口にしたこと自体は偶然だ。だが、兄と怪異の発現の間につながりはある。間を媒介しているのが何か予想することは容易かと思う。私が兄を絶縁した理由がまさにソレなのだ。彼はすすんでイエの恩寵を受け代償として(意識的にも無意識的にも)妹を抑圧し絶縁された。[兄-家父長制/男尊女卑-怪異]のラインは直感だが、特に証明する必要もないだろう。