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【感想】演劇「ツレがウヨになりまして。」

つい先日、京都市内某所で笑の内閣上皇高間氏と知り合った。

ツレウヨのことは前々からツイッターでフォローしてる方々が話題にしていたので知ってはいた。

「ツレがウヨになりましてってあるけどさー、何年も前にそれ体験してるもん。元カレがネトウヨだった!」と上皇にお話しすると、それなら是非先駆者に観てもらおー、と早割チケットを買うことになったのだった。

 

元カレがネトウヨだった話は古参フォロワーなら知っていると思うが

彼「(車中にて)バイト先の中国人腹立つわー」

私「その人が仕事できないことと国籍は関係ないやん」

彼「俺、中国人とか韓国人とか嫌いやから!」

私「へーそう、じゃあ車から降ろして。嫌いなんでしょ?さよーなら(即降車)」

彼「えっちょっと・・待ってくれーーーーー!!!!!いかないでーーーーー!!!!!」

 

というエピソードがありまして。この件は元カレが平謝りすることで終わったが(その後別れたのは別の理由である)笑の内閣はどういう答えをつきつけるのか?易しい選択肢などまるでなさそうな”ネトウヨとの恋愛”をどう料理してくれるのだろう、と期待しながら会場へ向かった。

 

感想は、一言でいうと、”コメディとしてはおもしろい”。

それ以外の要素でよかったとは言えない。(ごめんなさい)

なぜなら、ネトウヨがどうこう以前に、劇中で展開される恋愛が破綻しているからだ。

愛国心と恋愛をキーワードにしたうえで、「汚点を見ないふりしたりしてごまかさず、そのまま認めて愛することこそ真の愛である」という落としどころを出したのが「ツレウヨ」のストーリーなのだが、愛国心に対してはともかく、劇中の恋愛にその解をあてはめるには無理がありすぎる。

 

まず、主人公あおいの彼氏蒼甫がダメ男すぎる。何一ついいところが見当たらない。

人間関係は利害だけで構築するものではない、だが、他者に害をなし甘ったれているだけで努力もせず頭も意志も弱いなよなよしたデメリットしかない男なんて問題外である。そいつが唯一承認欲求を満たせるのが排外主義もしくは美女による無償の愛だなんてダサすぎる。後者なんてまるでセカイ系の焼き直しではないか。

せめて蒼甫の過去のかっこいいエピソードの一つでも語られていたならば、まだ何とか、という感じだけれど。魅力…なかったなぁ。

 

ふたつめ、蒼甫の愛し方(愛国心)が気持ち悪いと劇中でつっこまれていたが、あおいの愛し方(恋愛)も相当気持ち悪い。

上記のように蒼甫には何一ついいところがないんだけど、あおいは何故蒼甫から離れないのか。ダメ男に対して私がいないとあの人はダメなのだ、という執着。

これを純愛と呼んでいいのだろうか?

あおいのセリフ、あおいの行動のひとつひとつは、デモデモダッテばかりだ。私にはあおいは自ら牢屋に入り、自らの手で牢屋の鍵を投げ捨てるようなヒト-つまり、DV被害者なんかにありがちな共依存にしか見えなかった。

一方の与えるリターンが極端に少なく、もう一方は精神的に追い詰められ自ら退路を断ってしまわねば成立しない恋愛とは・・

 

以上が恋愛劇として破綻していると感じた理由である。

 

 

最後に、蒼甫が行った他人を害する行為について、蒼甫から(他のどのキャラクタからも…)内省や批判がなかったことがものすごく消化不良な感じだった。

蒼甫の「思想」へのツッコミとして

天皇陛下の意志に全然従ってないじゃん

・韓国韓国言ってほんとは韓国好きなんじゃないの?

・日本が評価されることを自分が評価されることと勘違いしてる

など言われることはあったけれど、すっぽり抜け落ちている目線もある。

まあ、当たり前なんだけど、ネトウヨの言動、書き込み、行動で傷つく実在の人間っているんだよ。そのことへの言及が全くなかった。あえてその問題点は省いたのかもしれないけど、そのへんの清算をせずに終わるのって不完全燃焼だなーと。難しい問題だし、誰が正解出せるんだよって話だけど、トライしてほしかった部分である。

あおいが蒼甫に言った「ネットで何言ってもいいけど街でやるのは~」みたいなセリフで「ハァ?」と思ったこともあって、最初から最後まで奥歯にモノ挟まってる感が抜けなかったのは確か。

 

 

 

 

 

批判の文章ばっかりになったけどコメディとしては面白かったっす。実際何回も笑うところあったし。あとお父さん役の俳優さんがモロ好みだった。でもネット右翼って題材を活かしきれたかっていうとちょっとなーというところです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でもラルクってV系じゃないよな

お題【ヴィジュアル系にハマったことはあるか、ない場合は周囲にいたバンギャル、それもいない場合は自分が知っているヴィジュアル系の情報】

 

完全に後追いで中三の時分よりラルクファンだった(その頃彼らは活動休止していた)

彼らの全盛期っておそらく小4-5がピークなんだろうけど、当時JPOP自体に興味なかったので当然スルーしており、その後好きだった人(クラスメイトのお兄さん!)がラルクファンなので共通の話題をつかもうととりあえず聴いてみたらハマったクチである

コンサートも三回は行った!(そのうち一回はなんとレッチリ・ブラックアイドピーズも出るフェスですごい面子だったけどトリの矢沢栄吉ファンの態度が悪すぎたせいで○ドー関係のフェスにいい印象がない・・)

 

バンギャルの知り合いはまあまあいたけどおしなべて感情の起伏がはげしいなって感じ

彼女らとはもう疎遠になってしまったので今どうしてるのかはわからない、最後にV系の友と会ったのはアーバンギャルドとサンドイッチで120分が出てたイベントだからもう四年くらい前か?

そのライブで少し考えたことがあるので書いてみよう

 

今までV系のライブに行ったのはラルクだけで、それも大規模すぎて、サン分あたりが出るようなそこそこのハコでV系を観たことってなかったわけ

これを書いているうちに思い出したが、当日寝坊した自分はほとんどパジャマのまま家を飛び出て会場に向かった

主旨とは関係ないけどアーバンギャルドは音がスカスカだったなあ、今ライブに行ったらもっといい感じになってるのかな?

お目当てのアーバンとサン分には間に合ったので友人と一緒にライブを観ていたら、最前列を確保しているグループに気づく

グループといっても四人くらいのものだが、その集団はライブ中一度もそこをどくことはなく、曲に合わせてふりつけをし、周りの観客もなんとなく彼女らに距離を置いていた

友人にあのグループは何なのか、彼女らのしているふりつけはああいうダンスがPVで使われてでもいるのかと訊ねると、「古参ファンで、あのふりつけも公式のダンスというわけではなく古参が考えている」との回答がかえってきた

もしも古参ファン考案のふりつけ以外の踊りやハンドサインをしたらどうなるのかと問うと、多分目をつけられる、と友人は言った

 

その時感じたのはまごうことなき苛立ちだった

別に最前列をとりたければとればいいしオリジナルのふりつけだっていくらでもやればいい

イラつくのはファン内にヒエラルキーを作っているそのメンタルに対してだった

多分に偏見も入っているだろうけど、いわゆる”JPOP”やそれを支持しているトライブから阻害されているまたは飽き飽きし鼻白んでいるニンゲンがV系やその他のちょっとアングラなジャンルに落ち着く傾向があると思うのだが、ああ、最前線の彼女たちは自分たちが見限ったトライブ内権力構造の劣化コピーをやらかしているのだ

なんたる体育会系!みたことのあるクラス風景!

なんでだよ!お前たちは自由になりたくてこういうトライブに来たんだろうが!

…などといった苛立ちはすべて踊り暴れることに変換されたので特に何のトラブルもなかった、あからさまに視線が痛かったがそんなものはここに入ったときから一人だけパジャマなので仕様のないことである(ホンマか?)

視線に完全に気づいているにも関わらず観客たちのど真ん中でひとり踊っているわたしを見て友人はおなかを抱えて笑っていた

 

これが最初で最後のまともなV系カルチャー体験なので今あのトライブがどうなっているかは知らない、友人ともその後あることがきっかけで縁が切れてしまった

 

 

 

 

 

追伸

ラルクを馬鹿にするのにスミスは好きというニンゲンは信用してはいけないと思っています

 

 

 

 

 

 

映画は映画だ

というのは映画のタイトルだけど別にその話ではない。

 

バイトを退職した。

自発的に辞めたわけではなく店自体なくなってしまうのだ。

唐突にそれを知らされたが、先方は早いとこ告げるつもりが私が修士論文執筆のために全然出てこなかったので言うタイミングがなかったという。

そんなわけで、四、五年におよぶお水の花道は幕が下ろされたのだった。

ママたちといつものように近頃あった事件や今ハマっているゲームの進捗状況など話し、お客さんと笑い合って、つまりいつものようにとどこおりなくシゴトして、じつにアッサリと役目を終えた。

その日は新年明けてはじめて常連の焼き鳥屋に顔をだす予定だったので、23時に祇園のまちに放り出されたわたしはその店のドアをあけて、ひとりで退職祝いをすることにした。

二、三日風邪をひいていたが突然の知らせで一瞬体調が戻ってしまった。いつものように熱燗とお気に入りの串を二本頼んで、同い年の店主と世間話をした。

そのうちに、以前ここで出会ったしばらく会っていなかった友人のことを思い出して、なにしろ夜のさなかで来れはしないだろうが一応誘ってみることにした。

 

連絡をして返事を待っていると、さっきまで店には自分しかいなかったのがわらわらとサラリーマンの集団が入ってくる。そういえば今日はJCだ。瞬く間に席が埋まる。

「お一人ですか」

「いえ、連れが来るんです」

ええ、来るかどうかは分からないけど連れがね。それとここはひとりでゆっくりしたい時に来るのだから、ろくでもない中年に愛想笑いして神経つかうわけにはいかないのよ。とはもちろん口には出さないが。(以前、うっかりにこやかに対応したら長時間"接客"するはめになった。飲み代を出してもらえるかもしれなくてもプライベートで仕事なんてしたくない)

二、三回団体客が来て新規の客があぶれ出してきたころ、その人は来た。仕事帰りかと聞くと会社をひけてから映画を観ていて、ちょうど電車で帰っているときに連絡がいったらしい。

 

二時間ほど飲んで出ようとすると、友人は飲み代をすべて払っていた。卒業祝いだから、となんでもないようなようすで。颯爽と登場して問題を解決して行く機械仕掛けの神みたい。

タクシーを拾おうと大通りに出る。ちょうど個人のプリウスが停車していてそれに乗り込む。シートの座り心地が良い。BGMはジャズだが音が良いのでおそらくラジオでなく運転手の所有している音源だろう。これじゃー、「1Q84」だよ。勘弁してよ。もしこれから変な時間軸に突入したら今の精神状態じゃ参るね。などと考えていたが表面的には明るく何でもないような話をしていた。

友人は途中で降りると、なんとタクシー代を置いておやすみ代わりに去年の流行語を口にしさっさと去っていった。クールにすぎる。タクシーが走る四条通に臙脂色のビロードが敷かれて閉じゆくお水の花道を飾っていたとしてもおかしくはない。

 

三人から二人になった車内で、この車は座り心地がいいがなんという車なのか、と形式的に運転手に尋ねてみる。プリウスです。トヨタプリウス

音楽もいいし。-いやあ、ジャズおやじでして。

ジャズは、チャールス・ミンガスくらいしか知らない。あとは有名なやつ、テイク・ファイブとかくらい。-若い方がミンガスを知っていれば十分じゃないでしょうか。おどろきました。ところで、今日はすごい人でしたね。

今日はJCだったから。実は今日で祇園のおつとめが最後だったんだけど、まったく最後がこんな混んだ日だなんて。-ああ、大変だったでしょうね。しかし、あなたみたいな女性だと、男はカネもってないとハナシにならんでしょう。

運転手はわりに下世話だった。ここでは何もかも村上春樹の物語のようにスタイリッシュにはいかんのだ。当たり前だけど。

「人間カネより品性でしょう、品性はおカネで買えないから」

何の示唆も方向性ももたない一般論的な答えがすぐに出た。瞬発的にすらすらと出まかせで歯切れのよい文句を並べ立てられるのは特技である。この数年で技術を改良し続けたのだ。

 

タクシーは最寄の交差点に着いた。カネを出して家にむかい、シャワーを浴びてから布団に入った。

今日のことと、かつてあったエピソードを思い出し、とんでもないことが起きて精神的に(あるいは身体的にも)参る時ヒーローがあらわれて、そのものごと自体を解決するわけではないが必ず復帰してものごとに対応できるだけのエネルギーを与えてくれてきたことを思い返して(本当にちょっとだけ)泣きそうになった。

それは友人であったり全然知らない通りすがりの人であったりするが、共通しているのはヒーロー本人が毛ほども他人を救おうという意思がなく、たまたま彼らの行動や言葉がうまいことこちらが置かれている状況に当てはまって思いもよらない効果を発揮してきたのだ。彼らがそれを知ることもなく。

 

ある時期、病んだ他人に巻き込まれて冗談でなく死の淵に立っていた時も、同じようなことがあった。

生存本能も食欲も機能停止しており、ろくに食事をとっていなかったが(その時読んだマンガの「何か食べたいと思うときまだあなたは生きたいと願っている」というセリフを読んでじゃあほんとにヤバイじゃん、と妙に納得した)誰かと食事に行けば食欲がわくかもしれないと、院生の友人を呼び出して学校近くの店に入った。

食事中、さっきから何だか視線を感じるなあと顔を上げると、ななめむかいのテーブルにいた男の子がこっちを見ていて、目が合うとにっこり笑った。男の子は我が校のスウェットをはいていたのでおそらく体育会の部員だろう。

ただそれだけのことだったが、急速に活力が戻ってきたのを感じた。このハナシを聞いた長年の友人は「お前バカだろ…うらやましいわ…」とあきれていた。イケメンのおかげで生きる意志を取り戻すなんて全くもってバカバカしいことにちがいないので否定しない。

また別の友人は、「よくそんな少女漫画みたいなイケメンエピソードばっかり拾ってこれるな」と言っていた。たしかに通常の人間よりはヒーローに救われることが多いかもしれないが、その代わりむちゃくちゃなことに遭遇してもいるのだ。難易度はvery hardだが必ずHPMP回復イベントが用意されているRPGみたいなもんだ。

 

このように破綻した出来事が多いので、「なんで映画みたいな人生なのに実写化しないんだろう」と冗談を言ったら、ある人がこう答えた。

「まだ完結してないからじゃないですか」

なかなかうまい返しだと思った。願わくば、完結しかかっても地獄の底から復活して物語を続行させたいけど。

 

 

 

 

 

 

バイトのこと

もう何年になるのか今の職場勤めて長いけど、最近立て続けに退職した従業員がいて実質no.4になっている

といっても客を必死にひっぱってくるわけでもなしになんとなく勤めているだけなので、なんていうこともないが、自分の中で実績と立場が合わなくて気持ちわりいなという感じをずっともっていて、ここ最近宙ぶらりんな心持になっているのである

 

この世界に入った当初は、一日の食事がパン二つレベルの困窮で、とにかくお金がなく日払いで即働けるところを探して無我夢中で飛び入り、何が何だかわけわからん状態で席につき、業界の常識なれどマニュアルもなし、何をしたらいいのか分からん状態で、バイトに行くたび何かギルティをしでかしそのたびに教えられ、店に貢献していないのに金をもらうのもおこがましいと感じるくらいであった

だいたい元々接客業の経験がさほどなかったし、喋ることが苦手だと思っていた、初めて働いた時終業後何をしゃべっているのかも覚えていない自分にオーナーが「アンタちゃんと喋れてるやないか、この仕事いけるで、がんばりや」と言ったが全くそんな気になれず、今でも覚えているが、今では一番楽な部類の客に「人見知りなんか、全然話さんやんか」と言われ、非難した口調ではないものの気が重くなり、初対面のおっさん相手に何話したらいいのか、何故世のコンパニオンというものはやっていけてるのだろう、この仕事マジで向いてねえし、かといって辞めたら食い扶持がなくて辞められないので多大なるプレッシャーを感じながらも毎週店へ通っていた

 

最初の方は大体他の従業員が付いていたので緊張感はやわらいだが、半年経っても喋る技術が向上したとは思えず、灰皿交換やドリンクを作る作業など事務的な、はっきりいやあ誰でもできる仕事で金をもらっている現状がいやでいやでならず、かといってこれが私の武器だという一芸もなく、座ってるだけであがめられるような美貌もなく、何で私はここにいるのだろうという不安だけが身体の周りを覆っていた

そのうち自分にもファンがつき、其奴等が何を以って支持しているかというとカラオケであり、懐メロが歌えれば一定の歓びを与えることが出来ると気付き、せっせとレパートリーを増やしていった、ママのように話術がことさら優れていないならこれを磨くしかないと、一週間に一度二度店に出てそのたびに他の人間が歌った曲を覚えるということをした

芸は身の肥やしというのを21世紀にもなって実感しているのであった

 

気が付いたら三年が経ち、従業員の出入りも激しくなり、誰かが辞めては入り入っては辞めが繰り返されていたころ、ピンで席に付くことも増え、きっつい、これまじきっつい早く一番のテーブルの客帰ってママでも他の人でもいいからこっちにきてくれーという状況になることが多くなった

歌目当てでくる客ならさっさとカラオケを勧めればいいが歌がきらいな客に当たるとそうもいかぬ、必死で質問を飛ばし共通点を探り、団体客は勝手に己らで話をしているからほっといてドリンク作りに精を出していても特に問題はないが少人数だと会話を回転させるのに内心冷や汗たらたらだったのである

そんなわけで相変わらず向いてねえから辞めたいという気持ちはあったが何故かその気持ちが強く感じられる時に限ってベストタイミングでママから「だいぶ慣れてきたなあ、次はこれを覚えたらもっとよくなるから、期待してるで」などというメールが来て踏みとどまる、言い方を変えれば辞める時期を逃すということもあった

 

さらに数年経って店の従業員数が壊滅的になり、週一二の勤務が確二になり、加えてヘルプで入ることも増えた

この頃カラオケは懐メロの他にアイドルソングを習得した、世のAKB旋風は飲み屋の片隅まで届き、モー娘。世代が飲みにくる時代になったのでシメにラブマシーン等が入り、韓流アイドルも安定した人気、人生に疲れきって死にたいとこぼす客に「そんなこと言ってたらアカン!これ聴いて元気だせ!」とももクロを入れたら謎のウケが発生し、特筆すべきは依然聖子明菜世代が多い当店においてDESIREの威力はハンパなく、これに歌詞の一部を「パンツ」に変える替え歌を生成したところ以後リクエストされるほどの持ちネタになってしまった

不動の芸を手に入れると同時期にべしゃりの方も安定してきて、あらゆる客、特に想像はつくだろうがこういう店につきものの高圧的・侮辱的な物言いをする客に自虐ネタ(「誰が○○や!」とか)関西土着芸人特有のマシンガンの如き”話を拾って自分のネタにする”一連の作業で事なきを得る、そういうスタイルになってきたのである

 

しかしこれで漸く及第点になったくらいのもので、ママやナンバー2には遥かに及ばず、あの人らはこれをやってのけてる上でコンスタントに客をひっぱってきているわけだから、そのレベルに到達するには更なる努力をせねばならず、その気概が大してわかず、この業界に居続けるには必然しなければならないことを合理化して現在やっていない状況で、もうそろそろ学生を卒業したらこれで食っていかねばならない理由もないから辞めたらいいわけだけれども、辞めたところで他に食っていくための職を見つけておらず、何とも宙ぶらりんです、宙ぶらりんのまま最近バイトしてます、そういう話でした

 

 

 

お題:初対面の人と話す話題

バイトでこの方面はわりと鍛えたほうだと思うんだけど、何話してるか冷静になって考えてみると全然思い出せない

こういうのってスポーツと同じで無意識にフォームが定まってて、意識すると逆に固まっちゃう気がする

音楽関係の人ならサービス精神旺盛スイッチ入れないでもあっさり話進むんで苦労しないけど

意識してないけどありとあらゆる共通点を見出して鉄板ネタを出せる状態にまで整えるようにがんばってるんだと思います!押忍!

あと多分話題を考慮するより相手の話拾うほうに力配分割いてる

ex)(客に最近仕事が忙しいと話される)1「え~~~~~~仕事ちゃんとしてるんや~~~知らんかった~~~」2「ただの酔っ払いやと思ってた~~~」3「はじめて知ったわ~~~」

まあこれは連携プレーなんですが・・ソロで間髪入れずに返しの手を入れて場を持たせるの大分神経使う

明石家さんまレベルの返しスキルほしいポヨォ・・

 

 

テメーのまんこをもっと信じろ(雑)

宋美玄先生が巷に出回る経血コントロールについて批判していたが、オーガニッククラスタに散見されるこのテの噂は「オニババ化する女たち」が売れたり布ナプキンが流行ったころからよく見かけるようになった気がする

 

月経中の諸問題で悩んでいるひとが検索をかけると高確率で布ナプキンにヒットし、布ナプキンについて調べるとさまざまなネタが読めるのだが

・紙ナプキンの化学物質が皮膚吸収されて人体に悪影響を及ぼす

布ナプキンを使うと月経痛や月経血が減る

・経血コントロールで子宮に血を溜めておくことができ次第に量が少なくなる

など根拠のないネタがかなり出回っていることが分かる

 

紙ナプキンのポリマーが皮膚吸収されるなどその最たるもので、ティッシュだって製造時に石油や化学物質が使用されているけど別に鼻につっこんでもどうってことないし、もし化学物質が悪影響を及ぼすほど吸収されてたら月経が重くなるレベルの話ではすまないと思う

 

膣肉締めて月経血を出にくくするというのも”一瞬なら”できる

ただし膣肉は筋肉であり、他の体の部分で考えれば分かるけど筋肉に長時間力をこめたまま維持するというのは不可能に近い

筋肉は鍛えればその分リターンがあるだろうけど、寝てる間すらずっとコントロールできるみたいな言説が出回ってるのってどうかと思う

宋先生の言う通り花電車の技術があるくらいだから出来る人間もいるのだろうけど、ずっと筋肉に力を入れてコントロールしていられるなんてほぼ強化系能力者に近い芸当だと考えたほうがいいのでは

仮にその手法が可能だとしてもまんこに気を遣う面倒から解放されるためにナプキンが発明されたんだから怠惰なわたしは文明の利器を選ぶぜ

 

このテのネタがきらいなのは大体「現代人批判」「昔の人は出来てた」「ホメオパシー」に帰結するからです

経血コントロールで検索すると大体のページで愛されるボディやメスの本能といった単語がならんでいるのもめまいがするポヨォ!

ていうか膣肉ずっと締めて出血おさえられるくらいなら他の筋肉でも出来るだろうからとっくに出血多量で死ぬ人間が減っているはずポヨォ!これにて解散ニャン

 

 

 

 

山本直樹「ありがとう」

先日誕生日だったのでバンドメンバーが「ありがとう」の上下巻セットをくれた、本屋行っても見当たらなかったしうれしい


上巻で柳美里が解説を担当していてこの本を誰にでも勧めたいと書いていたが

きっとわたしが一番「ありがとう」を読んでほしいと感じているひと(層)はこの本を手に取らないだろう

凄惨なシーンが多くて薦めにくいとゆーだけではなく(伝わってほしい、この感じ)


家庭崩壊経験してその後自主的に家族から離脱したクチなんだけど、そのわたしから見て全編とおして"あるある"が沢山あった

父親のイラッとくる感じとかほんとうまいんけど、山本直樹自身は家族とうまくいってるみたい、どこからリアリティを創出しているんだろう


家庭を退場してから、時々強烈に郷愁めいた感情が興ることがあるけど、それはひとりで生き抜くのが不安だったり疲労していたりするだけで、選択としては間違ってない

「ありがとう」読んでやっぱりそうだよな、と思った