幽霊屋敷についてのテキスト

春になると幽霊屋敷を思い出す。

幽霊屋敷とは今はない私の実家だ。ごく幼い頃に父が建てた。二階建てで、一階が風呂や台所やリビングなど、二階が兄・姉の部屋と私と両親の寝室という構造だった。私の部屋は兄が出ていくまでなかった。屋敷というには狭すぎるけど、それ以外に呼びようがない。

 

物心ついた時既に怪奇現象ははじまっていた。

深夜、とてつもなく大きなオーケストラのような音がして目が覚める。当時幼稚園児だった私にはどうすることもできず、両親を叩き起こしても彼らには一切感知できなかったので対策のしようはなかった。

おそらく怖がらせないためだと思うが、親は「きっとご先祖様が音楽を演奏しているんよ」と私に説明した。ご先祖様という概念は、チェサ(法事)をきっちりとやり儒教的な考えを大事にする家に育った私にとって馴染みやすいものだったのですんなり受け入れることが出来た。

毎日ではないがオーケストラの頻度はそこそこあった。うるさいのはうるさいがご先祖様が遊んでいるだけなのだから、と一人深夜に納得していた。

 

幼稚園児の頃は親が一緒に二階にきて物語などを読んで寝かしつけてくれたが、小学生になると一人で寝に行くことになった。新しい怪異が始まっていたので毎晩多大な勇気と我慢強さを消費した。

両親は「何が何でも九時には子どもを寝させてあとは就寝時間まで夫婦で洋画やニュースをみる時間にあてる」という方針だったようで、どんなに怖くても半強制的に九時には二階へ上がらされていた。

今どきノイズ演奏家でもやらないような‪深夜の民家内爆音上演に比べて新しい怪異は独創性に欠けていたが、単純ゆえに効果は絶大だった。

二階は階段を上がってまっすぐが兄の部屋、左が姉の部屋、その奥が両親と私の寝室だった。当時大学生と高校生だった兄姉が夜家にいることはほとんどなく、誰もいない姉の部屋で足音がしていても無視する他なかった。

足音は私に直接何かすることはできない。できないから間接的に消耗させようとしているのだ。近づいて驚かせばいいのにしないのはそれが不可能な証拠であり、なれば徹底的に見ないふりをするしかない。一階に助けを呼ぶには姉の部屋を通過しないといけないからそれもしない。そんなゲームには乗らねえ、と決め込み両親が就寝する十二時まで長すぎる三時間をすごした。

時々一階から夫婦ゲンカの会話と皿などが割れる音がしたが、怪異よりは冷静に聴けたし圧倒的に親しみやすかった。どんな音であろうと確実に自分の親が出した音である。会話を盗み聞きすることに集中していると怪異のことも忘れられたが、怪異が毎日起こるのに対して夫婦ゲンカはそうそう起こってはくれず世の中うまくいかないのであった。

足音の怪異は中学生まで続いた。私は両親に訴えるのを諦めたわけではなく定期的に怖いからなんとかしてくれということを伝えた。幸いにも両親ともにシックス・センスのある人物が生まれる家系で、霊的なものに対して全肯定はしないが軽視もしない人たちだった。嘘や妄想扱いされたことは覚えているかぎり一度もない。母親はそう高くないものなら魔除けグッズを買ったり手作りしたりしてくれた。残念ながらグッズの効果はあまりなかったが。

 

また、この頃怪異が決して「ご先祖様」などではないと勘付いていた。「ご先祖様」なら、血の繋がった子孫に対して姑息な手段で多大な恐怖を与えるはずがないからだ。

 

早熟で刑事もののみすぎだった私は将来プロファイラーになることに決定し、十才から心理学の本を読んでいた。家にはユング解説などの心理学の新書が数冊あったので貪るように読んだ。そして唐突に怪異はストレスによる幻聴だということになった。

家はビンボで親族間のいざこざもある、兄姉はろくに帰ってこねえしついでに言えばガッコもおもしろくない、これだけ材料が揃っていれば幻聴の一つや二つ聴こえるわい、ということになりより徹底して怪異を無視した。ストレス扱いすることが自分を守るためのマントラだということを差し引いてもあれだけ素直かつ激しく思いこめたのは今からすると驚きである。ユングも泣いて喜ぶだろう。

 

中学生になると兄が一人暮らしをはじめ、私は念願の一人部屋を手に入れた。足音こそしなかったものの毎晩寝床で耳に息を吹きかけられるという怪異(なぜかそれは男である)があったが、「はいはい、幻聴幻聴」という感じで布団を頭から被って無視した。

一人部屋を手に入れる前、「あんたもたまには一人でいたいだろうから」と姉の不在時彼女の部屋で過ごすことを許可され喜んで早速昼寝をしたら案の定人ならざる者の声が聴こえギャッと叫んで逃げ出した経緯があるので、兄の部屋を手に入れたことは万々歳だった。

息を吹きかけられるのは不気味ではあったが誰もいない部屋で足音がしたりよくわからぬ者の声で「死ね」と言われたり(なぜかそれは女である)することに比べたら、布団を被ればシャットアウト出来る程度の怪異は耐えやすし、だったのである。加えて心理学の思いこみが味方し二、三年ほどそこで過ごした。

 

高一の時、父が叔父(父のきょうだいの一番上)の連帯保証人である関係でうちは自己破産し実家も手放すことになった。両親は私の想像もつかないような苦労をしていたことと思うが、こっちとしてはようやく幽霊屋敷から出ていけるので気が楽だった。同級生のツテで引越し先もすぐに決まった。新しい実家はファミリー向け賃貸マンションだった。そこでは、いや、父の建てた家を離れて以降私の住んだ場所に一切の心霊現象は起こらなかったのである。私はだんだんに恐ろしい記憶を忘れていった。

 

幽霊屋敷のことを久しぶりに思い出したのはそこから離れてずいぶん年月が経ってからだった。その日姉と食事をしていた。姉は兄が出たあとしばらくしてやはり一人暮らしをするようになり、私も両親との関係が悪化したため成人前に実家を出ていた。

唐突に幽霊屋敷のことを思い出したので、食事の時に「うち、あの家に住んでたとき色々怖い目におうたけどきっとよっぽどストレス溜まってたんやね」と冗談ぽく切り出したのだがその瞬間に姉は固まっていた。

「え? あんたも?」

 

 

姉によると私が経験した怪異と全く同じことが姉の身にも起こっていたらしい。しかも耳に息を吹きかけられるに留まらず、べろりと舐められたというではないか。そんな話を一度もきいたことがなかったので自分一人の幻聴だと思いこんでいたが、幻聴などではなく現実に起こったことだったのだ。

 

姉が一人暮らしをすることになった理由は複数あるが直接のきっかけになったのは幽霊屋敷のせいだった。

姉は人一倍怖がりの私と違ってホラーが全然平気な人だったが流石に自分の身に起こったことは気味悪く、じょじょにやつれていく姉をみかねた勤め先の常連客のすすめである占い師のところにいったという。

普段占いなど全く信じない姉が占い師のところに行ったというので余程切羽詰まっていたのがわかるが、ほんとに当たらぬも八卦という気持ちで占い師をたずねた彼女は驚愕することになる。

 

ドアを開けた瞬間、占い師が「あなた、今家がやばいでしょう」と言った。

確かに二つの意味でやばい。姉はなぜわかるのですか、と彼にきいた。彼の説明は以下の通りである。

 

あなたの家に起こっていることの原因はあなたのせいではない。あなたの父についているもののせいだ。父が昔池のヌシを殺してしまったため父のみならず子にも影響を及ぼしているが、父はそのことに気がついていない。あなたは家を出なさい。

 

なぜそんなに強そうなものなのに私の命に別状はないのですか、と姉はきいた。

「あなたの守護霊が強くて向こうもそれ以上の手出しはできないのです。」

私の守護霊ってなんですか?

「龍ですよ、龍。」

姉はそのあとすぐに家を出て行った。

 

占い師のエピソードをきいた時は、お姉ちゃんに龍! 伝説の生き物じゃん、すごい!とケラケラ笑って話を終えたが、一つ釈然としないところがあった。池のヌシの呪いは父(と家族)から金も家も奪ったが、姉と私以外に怪異は見せなかった。

 

なぜ別種の呪いが混在しているのだろう? 守護霊が強くて手出しできない姉だけならわかるが、私は?

本当は理由付けなんてどうでもよくて、占い師は、ただ「それ以外に方法はないから家から出ろ」ということを伝えたかったのではないか?

その可能性に気づいたのは、姉と占い師の話をした時からさらに数年経ったつい数日前のことである。私は両親との関係悪化のみならず親族とはほぼ断絶していて、今は新しい家族と暮らしている。時々母や姉と会ったり、誕生日の贈り物をしたりする以外は血の繋がった者と関わることはたえてない少し寂しい身の上だ。

 

私は理屈や証明をすっ飛ばして勘付いた。怪異の正体は家そのもの、ことばあそびのようだが家=イエなるものだ。イエに包摂される者たちのなかで一番弱い部分を苛むbotのようなものだ。イエなるものの恩寵を進んで受ける者の前に怪異は現れない。どんなものであれ恩寵と脅威は常にセットだが、恩寵を進んで受ける者の前に脅威が現れる時、それは怪異とは別の形をとるだろう。今となっては確かめる術はないが、儒教的考えを一番強く持っていた兄から怪異の経験をきいたことはないし、おそらくなかったと思う。

もしくは彼らは昔から「この者は造反者になる」と見抜いていたのかもしれない。なんせ五才から「女の子はお手伝いしなさいと言うなら絶対しない、◯◯ちゃんお手伝いしてならするけど」と「目上の人」に言っていたのが私だ。そして、成人後親族からのセクハラを機に私は親族ごと関係を切りチェサにも行かなくなった。もともと、男尊女卑的な思想が目に見える形で出ていたのがチェサのマナーだったので集まり自体は楽しいが消耗する部分もあった。絶縁宣言こそしないがその後同じようにチェサには行かなくなったのがただ一人姉だった。姉は私がセクハラで泣いていたとき黙って味方してくれた唯一の親族であった。逆に、姉が他の親族にセクハラを受けた時唯一相手をぼこぼこに言い負かして黙らせたのも私だった。

イエなるものは「ご先祖様」とは似て非なるものだ。私はイエごと切って逃げた。

私はもう儒教、家父長制、そういったものの恩寵は一切受けない。代わりにその脅威が届くこともない。私の前に怪異が再び現れることは、私が思想転向しない限り永遠にないだろう。

 

<パートナーの考察>

なぜ二階にだけ怪異は集中しているのか? 家が幽霊化しているのが二階だけだ。

怪異とは具体化できないものだ。音として知覚できるが姿は見えない。

一階は具体化されすぎている。そこは生活の場であり、風呂に入りご飯を食べ家族が団らんするところだ。あまりにも見えすぎている。

二階は子どもたちのパーソナルスペースと寝る場所だ。父親の意識の外。具体化されてはいない。だから怪異はそこに現れる。妻がイエの脅威を受けるとき、一階においては目に見える形でしかあり得ないし、二階においては無意識や幽霊なのだ。

 

<再び、私の考察>

占い師が「父が昔池のヌシを殺してしまったため」と表現したように、イエなるものの脅威がもたらされたトリガーは父だったのだろう。だけど、父だけが要因ではない。あれは父の無意識とかシャドウとか言うには下賤すぎる。

最早人格のない悪意そのものだった。おそらくは、イエや家父長制に包摂されてきた者たちの自覚されていない影。父がそのトリガーになった。でも父を恨んではいない。長男だけを尊ぶ家に生まれて、大人になってもしんどかったんだと思う。父は現代っ子の私と違って、イエなるものから逃れてもいいなんていう選択肢など誰からも教えてもらえなかっただろう。だからこそ最後まで自分の夢や信念だった「幽霊屋敷」を手放せなかったのだろうし。

 

脅威が届かなくなっても恐怖の記憶が完全に消えることはない。この間、久しぶりに怖い夢をみた。

おなじみの怪異に怖がらされた記憶が姿形をかえてやってきたというのはフィーリングで分かっていた。足はすくんで動かなかったけど上半身が動けば上々だ。渾身の右ストレートを咆哮とともにぶちかましてやった。殴る時に「効かないかもしれない」なんてことは私は一切考えない。相手が「参りました」と言ったわけではないが、大声を出して動いたことで私はパートナーに起こされて目が覚めた。これでいいのだ。もう殴れる。

 

幽霊屋敷を春になると思い出すのは桃が関連しているからだ。

母が私が怖がっているのを見て、古いまじないをしてくれた。桃の枝を切って刃物と一緒に布にくるんで枕元に置く、三国志の時代からありそうな代物だ。上述の通り残念ながら効果はなかったのだがしかたのないことだと思う。古いしきたりから生まれた呪い(のろい)に古い呪い(まじない)は効かないのだ。私に現れた脅威は、変えてしまうか逃げるかしなければいけない類のものだった。

そんなことより私は母がそれを作ってくれてうれしかった。今でも私をあたためる思い出だ。あんな環境でも私は愛されていた。桃の花が花屋に並ぶ頃になると幽霊屋敷を思い出すのはそのためである。

 

 

5/23追記

 

そういえば、兄は怪異を体験していないはずと書いたが、私が小学生の頃兄が口にしたことが実際怪異として現れている。「この家はおばけいるで、誰もいないのに二階で足音が…」とか「人の声がするんやで」とかニタニタしながら言っていた。

無論怖がらせるためにちょっと冗談を飛ばしただけだろう。実体験として語っていたなら笑えるはずがないのだから。結果そうなるとは知らず現実に妹2人が恐怖のどんぞこに叩き込まれることになるとは考えもしていなかったにちがいない。

これが偶然とは思わない。もちろん、足音や人の声はベタな怪談でありオーケストラや息を吹きかけられることは予期していなかったのだから、口にしたこと自体は偶然だ。だが、兄と怪異の発現の間につながりはある。間を媒介しているのが何か予想することは容易かと思う。私が兄を絶縁した理由がまさにソレなのだ。彼はすすんでイエの恩寵を受け代償として(意識的にも無意識的にも)妹を抑圧し絶縁された。[兄-家父長制/男尊女卑-怪異]のラインは直感だが、特に証明する必要もないだろう。