タヌキのイエ

私の経験した怪異はだいたいが音に関係するものだ。

実家にいた頃は二階で足音、「死ね」という声、「ワッ」と驚かす声、深夜の爆音オーケストラ演奏などが闊歩していたけれども。

大人になってからは二回ほど幻聴が聴こえた。

院生の時分、知人の男に無理矢理性加害を受け毎日呆然としながら暮らしていたらどこからともなくレゲエが聴こえてきたのだ。

最初は近隣住民の流す音楽が漏れているのかと思った。しかし早朝の閑静なアパートでそんなことはなかった。じっと耳をこらしていると確かに自分の部屋から出ている音だ。レゲエといっても色々あるがルーツレゲエのようだった。

私はレゲエが好きだったし特に怖がらなくていいようなものだと直観していたので静かに音を聴いていたが、音楽鑑賞に関しては死ぬほど堪え性がないため「ずっと同じだと飽きるな…」と思った。すると、瞬間に謎の音はダンスホールレゲエに移り変わっていった。その後ごていねいに男性ボーカルと女性ボーカルの使い分けまでしていた。

大学院の授業に出た帰りの道すがら、同級生にこの話をして「これでヒップホップも流れてくれたらもうiPodいらないんだけどねぇ」とつぶやくと、「お前がバカで本当に良かった…」と幻聴を肯定的に捉えていることに対して呆れ半分安心半分でしみじみ言われたものである。

 

数年後私は複数回の性加害などのため沈鬱を抱えながらも結婚に向けて共棲みしていた。女性を差別し搾取する人が多いことにもそういう事象に立ち向かうことにも散々に疲れて、加害する人たちがそうそう悔い改めて差別やめますとなるわけもないけどこんなに頑張ったんだからもうあったかい家庭をつくってふつうに幸せになりたいと願っていた。

しかし幻聴は現れた。今度も怖くなかった。ただ自分に限界がきていることを悟っただけだった。

それはヒップホップの形象をしていてオールドスクールスタイルの馴染み深い音が深夜の自室に鳴っていた。横になっていた私は起きてiPodを点検したが当然再生したままにしていたわけではなく、隣で寝ている婚約者に音が聴こえるかとたずねても彼には知覚できない。私にだけヒップホップは語りかける。

無論私へのメッセージがリリックになっているわけではない。私のストレスが限界量を越えたと私にまつわる何かが判断した時にレゲエだのヒップホップだのが現れると理解していた。証明は必要なかった。既に疲れ果てていたので。私の部屋には訪問者をミソジニストかどうか判断できる魔法のウツボカズラがあったが婚約者はおっちょこちょいの私が一度も落としたことのないウツボカズラの鉢を落としたうえに私に置き場所が悪いと開き直る様子すらなく言っていたし懸念事項は他にも色々あったのだ。(ウツボカズラは後に殉職し、私は最良の友を失った悲しみにしばらく意識を失った。彼/彼女は私を家庭内のミソジニーから守るため全ての力を使い果たして死んだから)

かつて自分が「これでヒップホップも流れてくれたらもうiPodいらないんだけどねぇ」と発したとおりになった。私自身が人間であることに飽き飽きしiPodにでもなってしまえばいいという気分だった。

 

今月は今日これを書いている時までずっと夫のミソジニーを追放することに徹していた。私のシックス・センスは29才の今も限定的に抜群で夫のミソジニーをあれよあれよという間に解体して正体を掴んでしまった、正体はよくある内容なので省くけれど。そしてソファで大変疲れ切っていたらふと怪異のことを思い出したのだ。姿のない、音だけのあれこれ。それと、音だけではなかったもの。

小学校へ上がる前の頃、となり町の、母同士も子ども同士も交流がある家に遊びに行った。

その家の年上の男の子が誕生日で、男の子と男の子の母と私の3人でお祝いした。ケーキなどを食べてアニメをみて楽しんでいたら、男の子の母が「となりの部屋に行くけど、あなたたちは入ったりのぞいたりしないように」と言って隣室に入り障子を閉めてしまった。

だけど入るなのぞくなと言われるとそうしたくなるのが子どもだ。我々2人は最初障子の前で聞き耳をたてていた。なんと男の子の母は誰かと楽しそうに話をしている。3人しか家にいないと思っていたのに、一体誰と話しているのだろう? しかも心の底から楽しそうなのだ。

気になって、そっと、ほんの少しだけ障子のすきまを開けて中をのぞいた。男の子の母はいつの間にいたのか和尚サンと喋っていた。後にも先にもこの時以上に楽しい、ということばが似合う場面に出会うことはなかった。本当に楽しそうだった。

やがて会話は終わり、和尚は部屋にあった仏壇に吸い込まれた。我々は驚愕して声ひとつ出なかった。男の子の母が立ち上がったので、急いで戻り元どおり遊んでいるふりをした。

 

<パートナーの考察>

妻は何故家の中で姿の伴わない音の怪異を知覚するのか。また、他人の「その人自身も気づいていない防衛のカラクリ」を看破するまるでESPのような能力がある。

それらは妻が産まれてみんなが赤ん坊を育てることに集中したためようやくちょっとだけ家庭がまとまったという生育環境に関係があるだろう。(それだけではないだろうが)

ごく幼い頃から大人の表情や漏れ聞こえる会話を拾って推し量るクセがつき、知らず知らずのうちにクセが磨かれて言語化できないものを怪異として知覚したり鋭いカンとして発揮したりするようになったのではないか。

それと、家には見えない所がたくさんあることも関係しているかもしれない。死角もあるし、壁の中は見えなくても電線が入っていたりするものだ。見えないからこそ音だ、ということはあるかもしれない。

 

<再び、私の考察>

となり町の家のことは全然怖くなかったしタヌキが坊主に化ける話を知ってからあれはタヌキに化かされたのだと思っていた。オカルト好きな人に不思議なエピソードをねだられでもしないかぎり思い出しもしなかったのだけれど、今日思い出してみると新たな発見があった。

あの時、心の底から楽しそうにしていた男の子の母を見たとき、ちょっとだけ、なんだか淫靡な感じがした。みだらということばすら当時は知らないので今になって言語化できたことだが。そして、主婦があんなに楽しいという感情を持てるものだと思っていなかったのでびっくりした。当時主婦という存在はひたすらに家と子どものことで手一杯の印象(これも今になって言語化できた)だったので。

 

タヌキのことは家の記憶だろう。家の記憶を戯画化して受け取った。まさか実際に仏壇に人間が吸い込まれたわけではあるまい。シックス・センスや虫の知らせとは言語化前に無意識のなかにしまっておいた膨大な情報が、整理されても人間の処理能力を超えたために特殊なやり方で表現されたものだと考えている。

 

男の子はその後すぐ思春期になりまだまだ幼い私とは交流がなくなった。彼はバンドマンになり、そのまま音響関係の仕事についた。私もまるで誰かが打合せしたかのように音楽をはじめた。