焦げた後に湿った生活

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幽霊屋敷についてのテキスト3 (物語と現実に本質的な差異はない)

物語と現実に本質的な差異はない。現実と超現実も。イージーに交わりあって相互に作用する。恐怖から生き残ったチルドレンにとっては、体験した現象が本物かどうかより、体験していることをどうやって切り抜けるかのほうが超絶大事なのだ。

 

【2019/8】

東へ来てすぐ夏も終わっていないころ、映画「シャイニング」に興味を持つ。キューブリックが監督したホラー映画であることは知っていた。私はまだ久野昆布邸に居た。久野昆布他複数名より、シャイニングは名作。みておいたほうがいい。と聞く。それでも怖いわ、と新宿三丁目某所にて回文ファンタジスタに言う。

「狂った人間の話だから大丈夫よ、ホラー要素はオマケみたいなもんやから」

 

【2019/9/14】

回文ファンタジスタの助言を聞いてなお慎重にいくことにした。なぜなら恐怖の記憶は私という人間の根幹にしみついている。まるで永久凍土みたいに。たった一言、「幽霊」ということばを見聞きしただけで私の身体は凍りついてしまい、20年も前の恐怖が鮮明によみがえってくる。

ホラー好きの先輩の力を借りることにした。「"シャイニング"を観たいのです。だがあなたも知ってのとおり私はホラーがだめ。だから怖い場面をあらかじめ解説してください」という依頼を行う。

依頼は功を奏しはじめから最後まで視聴することに成功した。何度か叫んでしまうことはあったが。老女のシーン直前、先輩は今からゾンビ出てくるからとアナウンスしたあとひとっぷろ浴びにいってしまった。「どうして今から怖いの出るってわかってて私をひとりにするんですか~!」と懇願したもののひとりで観るはめになった。案の定ソロレイドになった私は絶叫し、風呂のほうから「うっさいわ!」と怒られてしまった。こんなにも効果的に恐怖が届いたのであれば、キューブリックも泣いて喜ぶだろう。

回文ファンタジスタの言ったとおり、後半はジャック・ニコルソンが狂って家族の殺害をいたそうとすることが主だった。なので最後まで観ることができた。私は「お化けなんかより現実の人間のほうがよっぽど怖いさ」式のごたくをきくたびにシラける。だって現実の人間は殴り続ければ死ぬ。暴力で対処可能だ。狂ったジャックだって、失血し凍えて体力が限界になるという極めて単純な理由で死んだのだ。

 

【2007】

幽霊屋敷が借金のカタになくなってファミリー向けマンションに実家が移り変わってからのこと。ある日両親がおらずひとりで過ごすことになり、何らかの理由で怖くなって風呂に入れなくなってしまった。きっとささいなきっかけで幽霊屋敷のことを想起して。

ちょうどvvotaroと電話をしていたので、思いつき、「ねえこのまま電話切らんといて、何もせんでええから電話つなげたままにしといて」と言ってから携帯を脱衣所において湯あみする。恐怖でがちがちに紐まかれた心臓は、ただ通話中の電話がすぐそこにあるということでゆるまった。十分あたたまってから再び携帯を取る。

「ありがとう。入れたわ」

「そりゃよかった」

 

【2019/9/15】

 「シャイニング」のエッセンスには既視感があった。

①場所の幽霊化(邪悪な場所)

②自身に内包されていた悪意が増幅される

③現象にとりこまれやがて自身が現象の一部になる

 

①はもちろん私の生家幽霊屋敷のこと。一階では目に見えるかたちで家父長制が私(と姉)を苛め、二階では目に見えないかたちでイエなるものの悪意、イエというシステムに磔にされた先祖のシャドウが猛威をふるった。毎夜きっちりと現れる人ならざる者の足音、「死ね」と囁く女の声、耳にふきかけられる男の息…二階だけが幽霊化していた。二階は働きづめだった父にとっては寝るだけの場所であり、呪いのトリガーになっていた彼の意識の外であったから、脅威がかたちなきものとして登場できるのは二階しかなかったのだ。あの家で私を苛んだものはなんであれイエのバリエーションであった。家父長制から生まれた影は一階では男尊女卑、二階では怪奇現象として子孫に襲いかかる。

②について、「シャイニング」を視聴済ならすっと理解できると思うが、ジャックはもともと闇を抱えておりオーバールック・ホテルに住んだことで闇にのまれてしまう。無論場所が彼を戻れない地点まで突き落としたのだが、そもそも家族にDVをふるっているような男なのだ。(ドクター・スリープでダニーが父とある意味再会するのだが、そのときのジャックのふるまいに私は腹をたてた。ジャックはダニーが自分の思い通りのことを言わないと、その場にあったグラスを壊すのだ。生前も似たようなことをしていたのだろう!)

幽霊屋敷の怪異の正体は、もしかすると今生きている家族も含めた、L家K家の構成員のシャドウだった。彼らの人格は分散されてしまっている。イエのシステムのなかで苛まれた記憶、または抑圧した負の感情がブーストされ、悪意そのものになっていた。仮に私が曾祖母並みの口寄せの才能を持っていたとしても彼らと対話はできない。

 また、地元の一部にもそのような機能を持つエリアがあった。私は大阪市××区の真中のほうに住んでいたが、隣接自治体との境目、大和川の河川敷のあたりのあるところでは、一定の人間の狂気が増幅された。

lucky lee, 夢で逢えたら

③、映画の最後でジャックはオーバールック・ホテルに取り込まれ自身がその一部になってしまうが、これも同様の現象をみたことがある。父の妹、おばは見た目も気性も私と非常に似ていて、私は幼少期より「アンタはほんまT子そっくりよ、血やねぇ」と親戚に言われたものだ。つまりおばは、間違っていると思ったことに対してひるまずに間違っていると言う人間だったのだ。おそらくは私の時代なんかよりうんと女性差別がきつい時代に、イエの中で最も勇気ある人間だった。

だが、彼女は自分の子どもに対して、勉強ばかりで嫁のもらいてもない、などと繰り返すようになってしまった。壊れたスピーカーのように。何が彼女を変えてしまったのか? 聞く必要もないだろう。イエのシステムのなかで男尊女卑に傷つききってしまったら、負の感情を奥底にしまいこむしかない。社会性を保つために表面はニコニコして、内面では無意識におしこんだものが生霊になるのだ。

母だってそうだった。イエの都合で結婚させられ、中卒にされ、平気なふりをしていたけれど許せなさというものは常に彼女のなかで発現機会を待っていて、人格の最上位に出る瞬間を狙っている。

私は覚悟するようになっている。生きている間は絶対に自分自身を何にも明け渡さない。死ぬのが怖いんじゃない、死んだら闘ったぶんだけ、抑圧された負の感情はイエなるものとこれに与する血統に組み込まれた呪いの養分になって、私もだれかに猛威をふるってしまうのかもしれないのが怖い…

 

【2019/12/1】

ドクター・スリープからは非常に多くのことを学んだ。そのうちひとつは、私にとって危険な領域は奴らにとっても危険だということ。私は想像する。何もない荒野がひたすら広がっているような空間、いつも私がみている夢の世界。この領域にはなんらかのルールが存在しているがフタをあけてみないと詳細はわからないし、さまざまな危険も待ち受けているが私は冒険し何かを成し遂げねばならない、という場所なのだ。

一番強くなれる格好をイメージする。低俗霊monophobiaから学んだ、無意識の世界で闘うならそうするべきだと。夢で作り上げたオルターエゴ「名探偵マダム・リー」に成る。ブラックのドレスに、代々言い伝えられてきたように魔除けのアクセサリー(水晶でも鏡でもいい、キラキラしたものは魔を跳ね返すと母から聞いた。母だって上の世代から聞いた)をはめて、右手に鉄パイプを持ち仁王立ちする。

どこからでもいいよ、どうせ来るんだろう。叩きのめしてやる。恐怖が消え去ることはないが、むかしバーでしつこく絡んだうえに太ももを無断で触った男にアンダーブロウをかましたように、どんな脅威が来ても電撃的な暴力を叩き込む。現実でできたことは現実以外でだってできるのだ。

 

I need your helpと念じる、映画と同じように。だけど誰もいない。ダニーにとってのハロラン、アブラにとってのダンおじさんは、私にはいない。死んだ犬や魚は今でも私が注意深くなるべきときに夢に現れ"Watch out, girl"と警告をよこしてくれるが、警告されても手立てはない。

恐怖の記憶は人間を損なう。私はダニーのようにアルコール中毒にはならなかったが、代わりに深い無力感、あきらめの感情、自己肯定感の低さと付き合っていくことになってしまった。恐怖が自身のもとに現れたとき、対処方法がないとなにか大事なものは損なわれてしまうのだ。両親は私のことをウソつきだとは思わなかったが、引越しすることも一緒に寝てくれることもしなかった。

 

寝る前にも恐れは身体を芯から凍らせる。私は加護を呼び起こすため西に置いてきてしまった友達のことを思い出す。まるで引っ越しのときに親に無理やりすてられたぬいぐるみのようにいつでも心に残っていること。

M.Tは家族を欠落している私にとって「兄」だったが、だれかをだれかのオルタにするなんて冒涜になりかねないからついぞ「オニイチャン」とは呼べなかった。いつかの夏に一緒に鴨川で寝そべって、うすい真っ白なワンピースを着ていた私は風邪をひいてしまったが、彼はいやな顔ひとつせずに自分のベッドを明け渡して看病してくれた。映画のようにシャイニングを狙う化け物を封じ込める手段を私は知らない。だけど地獄からの使者が来ないように、来たとしても加護を呼び寄せられるように、祈るための燃料はずっと心のなかにあってなにがあっても消えない。

 

 

母の家系は口寄師(ムダン)だが父方もサイコメトリや千里眼に近いスキルのある者が生まれる家系だった。望む望まざるに関わらず与えられてしまった恩寵。メリットとデメリットは常にセットだ。自分のスキルに振り回されないようちゃんと学びなさいと告げられ四柱推命などを勉強するようになった先祖はたくさんいた。母が子どもだった時代は口寄せがまだ必要とされる社会だった。1988年私が生まれた年にはもう超能力なんてどこからも必要とされない社会になっていて、我が世代にはESPを持つのは私しかいなかった。しかもしぼりかす程度の…私にはメンターもいないし学習機会もなかった。一度たりとも能動的にスキルを使用できたことはなく、怪異におびえ、「ふつうに生まれたかった」と内心ちょっと泣くしかなかった。

映画を観たあと震える私に、同行者が「大丈夫ですか」とたずねる。全然大丈夫じゃないよ。同行者は私の昔話を聞く。きちんと聞いてくれる。

「私が何を恐れているかというと…つまり、オーバールックホテルが破壊されてもアブラのもとには怪異がおとずれるんだから…私が生きている限り奴らに狙われつづけるってことと、対処方法がないってこと」

「きっと対策はありますよ」

シャイニングを観たあとから、我がオーバールックホテルに戻ろうと思っていた。年末年始の休みに捨てた故郷へ移動し捨てたイエの墓に参り、曽祖母から、もしくは先祖の誰からでもいい、なにかを継承しようと。もちろんひとりでは行きたくないので、東京で出会った同郷のひとを誘っている。

「もう実家はないからおばあちゃんの家に行こうとケーカクしてる。おばあちゃんの家の二階も怖かったけど、映画のとおりに怖さの根源へ向かえばナニカアルと思うの」

 

【2019/12/2】

風呂の老女のシーンをみてから風呂に入れなくなってしまった。現実的には、風呂でどうにかこうにか遭ったことはない。でも怖くて生活に支障が出るので近所のひとに頼んで家に行き、シャワーを浴びている間浴室の前にいてくれるようにする。

「ねぇ、絶対絶対ぜーーーーったい風呂んとこから離れんといてや」

すぐに会話のマウンティングをとろうとするしそれを好きな子はいじめたくなる式のごたくでごまかそうとするひとなので、どうせお願いしたことを守ってくれないだろうと思ったが、意外にもシャワーを終えて浴室を出るとずっとそこにいたのだろう、脱衣所のそばで読書していた。

「ほんまにおってくれたんや」

「いかへんよ、おったよ」

 

 【2019/12/4】

就寝直前、鳥目から電話がかかってくる。「Hi honey, what's happend?」ふざけて取ると押しミスだったことが判明するがそのまま15分通話する。私は鳥目をこよなく愛しているからとてもいい気分で眠りに就く、恐怖から一時的にさよならする、この年下のメンターはいつでも不甲斐ない年上の友人を守ろうとしてくれるから。

物語と現実に本質的な差異はない。現実と超現実にも。イージーに交わりあって相互に作用する。恐怖から生き残ったチルドレンにとっては、起こった現象が本当かどうかより、どうやって切り抜けるかのほうが超絶大事なのだ。だからI need your helpとあなたに言う。

 

【2019/12/24】

あなたがたのレンジは近づいている。

昔は音でしか知覚できなかった怪異、彼らも私に近づいて直接何かすることはできなかったが、結婚後は触れられてしまうようになった。

夜、寝ていると布団の上に何かがのしかかってくる。確実に人間の感触で。重さに驚いていると、手が布団に入ってきさえする。最初は隣の子が飼っているネコがこちらの部屋に遊びにきたのだと思いこもうとした、意を決して目をあけると何も視認できなくて恐怖に凍りつく。だけど、こういったときのために映画を観た後同行者と対抗策を話し合ったのだ。シュミレーションどおり、大声を出す。何かはかき消える。

フェアリースキンハイボで確1。耐久調整が足りなかったみたいだね? 反撃は想定していなかった? 漫然と子ども時代を過ごしていたわけじゃない、19の時にボストンバッグ一つで家を出てから色んなことを体験してきて31になってようやくお前たちに反撃できる大人になったよ。

 

【2019/12/2-3】

「…というわけでめちゃくちゃ怖かったので泊まらせてください」

「ええよ」

という連絡を経てI氏邸に泊まる。

「明日も朝早くから仕事だから」

なので特になにもできないよ、というイミだ。お構いなく。私はここにくるときいつも家主のいない間じゅうゴロゴロして、好きに出ていく。

「申し訳ないけどそのテの話は全く信じていなくてね、ほんの少ししか共感してあげられないんだな」

いいんですよ、信ぴょう性がキモではないのだから。(初夏に延々東京駅から移動してI氏邸へ入るムーブをループする現象を垣間見たのは話さなくてもいいだろう) 私はあなたに助力をもとめてあなたは応じてくれたのだ。

何にも邪魔されず12時間も眠り、よく晴れた午後に目覚めた。起床後のルーティンでシャワーを浴びようと思って、この部屋の風呂のみためが自分の家の風呂より映画のそれにちかいということに気がついたが、恐怖はかなり抜けていた。実際シャワーもおびえずに済ませられた。I氏邸に滞在することが、おそらく積もると人生を損ないかねないなにかを振り落としていることになっている。ただ友人の家で過ごすことが、なぜ一種の重要なイニシエーションになるんだろう?

ていうか思ったけど鳥目とI氏に愛を表明するのが足りてないんやない? この場で言っとくわ。

  

【2019/11/24】

「あなたがしんどくてできないよーなことは俺が代わりにやっちゃうよ」

神経性の胃痛で寝込んでいると鳥目から電話がくる。どーしてわかっちゃうのかな? 私の友達はときどきエスパーで助けをもとめる前につらさを減らしてくれる。ああなんて素敵な切り札。

 

【2020/3】

東京ではじめてできた友達、ドクター・スリープの時の同行者が地元へ帰ってしまうことになった。半年間ありがとう、多分いなければ東京の暮らしは耐えられなかっただろう。

I need your helpと唱えることで余裕ができたんだって振り返ってみれば実感する、能動的にスキルを使えないことを嘆くことはなくなった、定期的に現れる怪異を封じ込めることが出来なければ周りの助力を得ながら毎回倒せばいい。やつらの歴史は長く血統が続く限り終わらない、だが私の人生もそこそこ長い。計略と人脈と暴力。足りない霊的才能はこれらでなんとかする。

あなたがいなくなってとてもさみしいんだよと思えるほどの友人を得ることのできるスキルは何ものにも替え難く、おそらくこれから磨くべき老獪さを支えてくれるはずだ。家父長制というタテ型の呪いに、ヨコのつながりで対処している。そして、適切なタイミングで適切に暴力をふるえる人材になったことを祝福する。慢性的な無力感にひたっている暇はなく、私は明日友達とさよならする。