焦げた後に湿った生活

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るみちゃんという名の妖怪

るみちゃんは先祖代々言い伝えられてきた妖怪でとにかくやべえので絶対に家のルールを破るな、破ったらるみちゃんが現れるから、と親から聞いていた。いつからこの話が確立されたのか具体的なはじまりは知らないけれど少なくとも曾祖母の時代にはるみちゃんの存在が認知されていたらしい。

妖怪にもいろいろな種類があって、たとえば座敷わらしのように去ったら家がおちぶれるものの直接身体に害はない妖怪もいるが、るみちゃんはバチクソ積極的に人間を殺しまくるので出現=危険なのであった。その腕はあらゆる人間の身体を貫くことができ、四肢を切断するのだという。耳なし芳一に出てくる平家の亡霊よりハードコアだ。

実際先祖の誰かが殺されたとは耳にしていないが、2020年夏時点でもチェサ(法事)で親戚一同が集まると自然にその危険性についての話がはじまったらしく、半世紀以上我が一族に恐怖を叩き込み続けているみたいだ。(みたいだ、というのは私は10年以上前からチェサに行かなくなって伝聞でしか親族の状況を知らないから。おじにセクハラされたので行かないことにした。かばってくれなかったので親ともほとんど会ってない)

 

破ってはいけないという家のルール、まず第一の掟は「コックリさんをするな」というものであった。

小学生のときに流行っていたため友達の家でやったら、帰宅後なぜか親にバレていて「うちの家系はそういうのを呼び寄せやすい体質だから絶対に遊び半分でやってはいけない」とこんこんと説かれた。

体質ってなに? と訊いたら母が教えてくれた。

「お母さんのおばあちゃんは人に頼まれて、死んだ人とお話することでご飯を食べてたんよ。昔は、そういう仕事が成り立ってたの。」

これは小学生でも理解できた。要するに特定の病気にかかりやすい遺伝と同様で、曾祖母は霊を呼ぶ体質だったのだし同じ血が流れている以上、オカルト的行為をするのはふつうの人に比べてはるかに降霊リスクが高まるので気をつけなさいということだ。むやみやたらに寺社仏閣(当時パワースポットという単語はなかった)に行くのもよくないと言われた。

また、父方も第六感のある人がそこそこ生まれる家系なので、そのスキルを持った人たちは自身の能力にふりまわされないよう、四柱推命などを勉強しているという。あなたもやった方がいいかもね、と言われたが、既に習い事をアホほどさせられているので断った。

 

他のルールは、私から言わせるとあいまいだった。

各家庭でとっている新聞紙は父親が一番に読み子どもが先に読んではいけないとか、横になって寝ている年上の男性をまたいではいけないとか、履歴書の「尊敬する人」欄には親と書けとか、忙しくても時間を作ってチェサを開催・参加することとか、さまざまなことを言い聞かせられたがなぜこれらがるみちゃんの出現に直結するのかロジックが不明瞭であった。質問してもきちんとした回答をもらえた記憶がない。

新聞紙について、大人になった今は、るみちゃんには関係ないかもしれないけど「お父さんが一日のうちゆっくり新聞を読めるのは朝ごはんの時だけだから」とひとこと言ってくれればよかったのにと思う。

残りはよく分からない。またがれる方は寝ているからまたがれることを認識していないし、誰を尊敬するかは私の自由である。言う通りにしなかったからといって、どうだというのか。先祖供養であるチェサに関しては血統にまつわる儀式がるみちゃんの出現を抑えているのでは、と最初推測したが、血の繋がりのない兄嫁が強制参加させられているところをみると血統そのものはたいして関係ないらしい。

 

まだチェサに参加していた時分、兄嫁が「『嫁はこっちへくるもんや』と一蹴され正月も盆も故郷の淡路島へ帰らせてもらえない」と悲しんでいたので、兄に「クラァ、ボケ兄ィ。たまには〇〇ちゃんアワジ帰らせたれやクソ。法事なんて片方おったらええやろが」と親戚たちの前で怒ったら、兄は私にこそ「生意気言うな」と凄んでいたが、若い世代、いとこたちの「そうやそうや」というシュプレヒコールに押されて黙った。兄嫁は時々チェサを不参加で済ませるようになった。

そして、セクハラを機に私と姉は完全にチェサに行かなくなった。

 

そのせいかどうかは知らないが、今月に入って突如るみちゃんは現れた。

もし、チェサに行かなくなったことが原因なのだとしたら、10年以上も経って掟を破った結果が出てくる意味がわからない。

わからないけど、人智を超えた力というものは生きている人間の思惑を一切無視して勝手に始まる。

るみちゃんは泉州の親戚の家に現れ1Fのガレージに居た者があやうくまっぷたつにされるところだった。母から報告の電話を受け、東京にいた私はコロナをガン無視して新幹線に飛び乗った。ダディとマミー、姉ちゃんがずたずたにされてはたまらない。

新幹線の中で母にLINEで続報を聞くと、るみちゃんは泉州地域にある親戚の家に順繰りに現れたあと大阪府南部から徐々に移動し大阪市内へ向かっているらしい。皆々、どうにか命に影響はないようだが、斬りつけられかなり出血した人もいたとか。私の親戚は長身で腕力のある人が多く、彼らが敵わないということは言い伝え通り相当やばい妖怪なのだろう。あるいは、私の血統に効果てきめんな何かを彼女は持っているのか。なんか蚊みたい。よその家は襲わないのにうちの家系だけ襲うの、蚊が特定のフェロモンを感知して刺しにくる感じ。

 

3時間半くらいで実家の最寄駅に着いたが、もう油断はならないのだった。

るみちゃんは会話できないが喋れるらしい。親戚→母親のるみちゃん情報によると、近しい者にそっくりな声音で話しかけて、応答しふりむいたところを襲いかかるらしい。

おじはおばの声で話しかけられたと思ったらるみちゃんだっと証言しているし、他の親戚たちもそれぞれの配偶者や母の声でささやかれ、「おっ、なんや?」とふりむいたらるみちゃんであったとのことだ。

ここは大阪市、るみちゃんの勢力範囲内なのだ。いつだって騙される可能性がある。

 

というわけで、私は迎えを頼まずに駅から実家へそのまま歩いていった。通りはシーンとしていて、大阪市といってもマイナーエリアの住宅地であればこんなもんである。誰がいつ営業しているか全ッ然わからない古びた喫茶店や、ごく小さな工場(こうば)がある。

実家のドアを開けると、魔よけのグッズ、「福」という字が刺繍されおめでたい紫と赤で作られた布が、逆さになって吊り下げられているもの、があった。気休めだがないよりましかも。

るみちゃん対策として、正確に帰宅予定時刻を測定しLINEで母に送っていたので、リビングに入ったとき両親はほっとしていたものの驚きはしなかった。

「いつもこうしたらええのに。あんたは帰るといった時間から1時間プラスして来るのが癖や。」

「はい、はい。あれ、用意してくれた?」

「用意しといたで、」

と母が答えた瞬間にガシャーンと音がした。

 

わぁ、るみちゃんや。

小さい頃からあんまりにも繰り返しるみちゃんの話を聞いていたせいで、一目でわかった。るみちゃんはどこから出てきたのか、モノに当たるのを気にせず乱暴に棚にぶつかりながら姿を現した。

それは人間の姿をしていてへんな微笑みをたずさえている。黒くて長い髪で、夏むきの素材のつば広帽子を被って、目はよく見えないがちゃんと紅さしたらしい唇は横にニィとゆがんでいた。服は麻だかコットンだかわからないが白っぽい色のワンピースを着ている。いつの時代もその時代よりちょっと古臭い格好をしているのが特徴だ。

 即座にるみちゃんが腕を伸ばして斬ろうとしてきたため、テーブルにあった木製のおぼんを投げるとガードはできたがおぼんは壊れた。

 うっそだろ。このおぼん、昔のいいもので結構壊れにくいのに。昔のひと、貧乏でも安普請のモノは買わない。

 

 今度は腕をまっすぐにして伸ばし貫こうとしてくる。

横バックで避けながら「下!」と叫んで両親を伏せさせた。

ポケットに入れていたネックレスをるみちゃんに投げると、当たって彼女はズズズズ床に潜っていった。るみちゃんは地中移動していたのか。

 

「お父さんがナントカするから、お母さんと*****(私の名前だ)は外に逃げなさい。」

「いや無理でしょ。お父さん確かに空手できるけどさあ。アレ、霊的なもんやから霊的な対処せんと無理無理。」

「そうやでお父さん。*****の言う通りやわ。空手でどうにかなりますかいなアレが。」

「そうかなあ。」

父はこんな時でもあんまり緊張感がないように見える。見えるだけで本人は考えた末に発言しているらしいので、一拍ヌケているのだ。

 

さっきネックレスを投げた時に確信した…投げたのは本水晶がペンダントトップのネックレスだ。

四柱推命のたぐいは習わないと言った時、母が「ほんならせめてキラキラしたもんを身の周りに置きなさい。枕元に小刀を置くとか、光るアクセサリーをつけるとか。特に水晶が一番ええんよ」と話していたことを今でも覚えていて、20代の終わりごろ少し金銭的余裕があったときに買っていたもの。母はおばあちゃんやひいおばあちゃんからキラキラしたものが良い、と聞いていたらしいから、おそらくるみちゃん出現時のマニュアルとして口承でこの話が伝わっていたんだと思う。

彼女は半世紀以上居る古い妖怪だけど、今の今まで出てこれなかったということは曾祖母あたりがなんやかんやして封印していたのだろうが、出てきた限りはばちこりコミットするしかない。

 

「上の階にまだ三面鏡あるやろ? あれ持って、あいつが出てきたら向けて出せるようにしてくれへん? 時間稼ぎしとくし」

母に頼んでおいたあれとは、今は使っていない立派な三面鏡のこと。

「ええけどどうするんや?」

「お母さんが前言ったんやない。」

母から、キラキラしたものの具体例として、水晶の他に鏡も挙げられていたのを覚えていた。煙草とライターを入れるのにちょうどよいポシェットも、私は細かいミラーのいっぱいついたズダ袋にしていた。るみちゃんほど強大な相手なら、身支度用の三面鏡くらいの大きさの鏡を使わないといけないだろう。

 

細心の注意をはらいながら上の階へ行った。両親の寝室に、お目当てのものはある。行きの新幹線のなかでググった真言宗のお経を唱えながら、階段を上がる。

父と母が重たい三面鏡(これも昔のもの-母の嫁入り道具で、繰り返すが昔のひとは安物買いの銭失いをしないのでずっしりした木製だ)をえっちらおっちらずらしている間、ずっとお経を唱える。唱え続ける。若い頃は宗教なんて信じるに値しないと思っていたけど、それなりのシステムとメソッドが確立してるからと私は少し考えを変えたよるみちゃんよ。

 

ンズズズと音がして私は音の方向に集中する、るみちゃんが床から突き出てそのまま向かってくる、私と両親の方向に。でも絶対親のところへは行かせないし父が思わずこっちに来ようとするけど「動くなァ鏡持って」と叫んで留め私はるみちゃんに殴りかかり左手でるみのファッキン殺人アームをそらして右フックを入れる。

 

わざわざチェサに行かなくなって、家出もして、とうとう関西も出て東京へ来たこの31年間、誇れることはずっと図太くなったことだ。嫌なときに嫌って言えるようになって正しくないことに対してはきちんと真正面からぶん殴れるようになったことだ。

だから、るみちゃんが出てきたってしゃあないやンって図太く流す。

それと…家の掟を破ったしそのせいでるみちゃんが出てきたのかもしんない、私が原因なのかそうじゃないのか追及しても正確なる答えはかえってこないだろうしこれ以上考察しない、掟破りへの後悔は全くないし今でもおじをはじめとした親戚一同は私に謝れやボケって思ってるけど私がやったことに関して発生した事象については責任を引き受けるのがマトモな大人ってもんだろ。

 

るみちゃんはバタバタしている。私が三角締めをキメているからである。最も恐るべき両腕を私の両足で封じ、首元にチョークをかけているから悪質なことばも出せない。

「今や、今鏡をるみちゃんの顔に当てるんや、」

私が言うと両親は三面鏡をるみちゃんに向けてトイメンにした。

鏡を向けられたるみちゃんはものすごく苦しんでいる。めっちゃ効いてるらしい。

「おのれのほんまのツラ見て、そんで去ね。」

 

実のところるみちゃんに負の感情は抱いていないのだけれども私は彼女を消滅させなければならない。なので無慈悲にアサシネイトする。

ねぇるみちゃん。私、もしかしたらはじめてお父さんとお母さんと力を合わせて物事を成し遂げたかもしんない。