焦げた後に湿った生活

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犬の導き。

忘れた頃にかつての飼い犬が夢に現れる。座標だっていつもと同じ。

既に失われた「実家の玄関」、つまり彼の領域で、彼は思い出と同じ通りに振舞う。

ただし二匹いる、おや? なんだって一匹多いの? なんて問いかけはしない。夢はいくら雑然としていて恥知らずなまでにとっちらかったイメージでも、その形で出てくるのは、式の結果だからだ。夢を構成する感情エネルギーの計算って至極単純だと思う。なんとなくアタリをつけられるだけの知識とカンがそなわっていれば、計算を空で出来るようになってくる。

どちらがオリジナルかはわからないが、少しだけ彼と違った見た目と性別の犬が、一匹増えている。彼らはどちらがオリジナルかなんて気にしないんだろう。

ここから先は見た目に惑わされないでねってこと? それとも、"Watch out, girl!"という警告が二倍量、ということかしら。

 

海ゆかば、っていうけど満員電車は勘弁してくれ。コロナどうなった?

現実は何も変わってないはずなんだけどな。通勤客をぎっちり乗せて電車は海の見える線路を往く。私は都内オフィスへの出向を条件に労働契約を結んだのだが、なんだって茨城県の海沿いまでガキの使いしてるんだ。

今までの夢の通りに、現実でも後ろ暗い労働をして少ない生活必需品を確保する牌をもとめる状況になった、というのならば納得できる。

 

海の見える部分を抜けると、線路脇に沢山鉄の鍋や解体された車、などが積まれている箇所へ。軍艦を作るために鉄をかたっぱしから集めているらしい。 日本の戦争ってとっくの昔に終わってるんじゃないの。今から始まるの?

ぼーっとした頭で思考していると、研究所への最寄り駅に着いた。研究所の入り口でカードをリーダーに読み取らせて入った。白衣やだらしない恰好をした研究者より、スーツを着たサラリーマンの方が多い。ビジネスになっているんだな。軍艦を作る研究がビジネスになったというよりは、その反対であるらしい。

所定の研究室で少しばかり研究者と会話し、鉄くずをもらった。私はこの鉄くずを持って東京に戻る。また1.5hばかりの鉄道の旅! 鉄くずは簡素にも大きめのレジ袋にがさっと入っている。

乗った時間が悪くて、17時すぎると電車はいっぱいになってしまう。大荷物持ってるから肩身が狭い。電車が揺れるとバランスを取れなくて、他の乗客にぶつかってしまう。

 

その時、忘れていたはずのにおいがぶつかった人のスーツから漂ってきた。

においの主は、会いたくても会えない人物だった。一流のビジネスパーソンになるために遠くへ行った人。

「どうしてこんなところにいるの?」

「仕事で…これ持って東京戻らないといけないの」

「ああ、こんな重たいのを。持ってあげるから。」

 

私は泣きたいのを堪えた。

世界がどんなに変貌して、きつくてしっちゃかめっちゃかになっても、自分自身は何も変わらないのが落ち着いていたけれど急にイヤになってしまった。

別に後ろ暗い仕事しながら食っていくのはイヤじゃないんだよ。そうしなきゃ生きていけないし。段々上手になって一定のポストをこませていくのは良い感じだと思ってる。

望んでいるのは重たい荷物を持ってもらうことじゃないっていうのを分かってもらえないのも、どれだけ頑張っても同じステージに立ててないのも(それは物の見方が全く違うっていうこと)、とても私を傷つける。

 

ハンバーガー食べながら映画観ようって誘われた。

なんでも好きなものを選んでいいよって言われたから「攻殻機動隊ghost in the shell」を観た。

素子は自分とは何か?が気になるらしい。

私は気にならないんだよ、嫌気はさしてるけど。でもあの選択は納得できる。私だって秒でそうしただろう、自分がどんな自分だろうとその時々でやれることをやるしかないから、融合に対して後ろ向きには考えなかったに違いない。

 

私はもう飽きている。この部屋の家主にも、自分にも。部屋自体には愛着があるのに。

犬の警告を思い出す。

 

◆ 

軍艦ビジネスの片棒かつぐのをやめた。

私は関西に戻って、血縁者の仕事を手伝っていた。荷物を運びながら流浪すること。流浪するならどこでやっても同じで、みんながいるだけ全然マシ。

重く縫った麻のワンピースをだぼっと着て、私は荷台の後ろに座って風景を眺めてる。ごちゃごちゃとしたスラム街、ここだって世界がこんなになるまでは中京区の一劃のようにそこそこきれいな街並みだったはずだ。街としての機能を最低限残して、見た目はどんどん廃れていった。

 

関西に出戻った私に対して親戚たちは親切だった。この血においての役割を残してくれていて、私は仕事に従事している。死ぬまでの暇つぶしが出来る。

 

今日はある家で仕事をすることになった。その家はまだ幼い子どもが何人かいて、一晩面倒をみてほしい、という依頼だった。誰もが前と違ってサラリーマンできる環境ではないから、稼ぐためにイレギュラーに家を空けることはままある。そのせいでこういったなんでも屋的な依頼を受けることも時々発生する。

 

その家の二番目の男児は7才くらいだった。

抜群に記憶力が良いがなんだか要領を得ない子だった。私がこれくらいの年齢の時は脳内で思考しているためにそれでいっぱいになって、先生の言うことをよく聞き逃していた。そうすると怒られるか怒られなくてもイヤな顔をされるため、ああこれはよくない癖なのだなと学習して、気をつけて聞くようになった。みんなは出来ているのになんであなたはできないの式のイヤミを言われる。そんなこと言われたって、気づく段階が遅かったんだから慣れるまでしょうがないだろと思う。彼もおそらく私と似たような経験を積んでいる、と予測する。

その男児は将棋に興味があるようだった。才能も多分、ある。私は将棋に詳しくないが、彼ののめりこみかた、こういう感じで興味を花開かせるコは例外なくその道に才能がある、言い換えれば努力が苦でない、というのを経験則で知っている。

でもねちょっとだけ他のことにも気をつけようね。無駄なことで傷つきたくないからさ…と、キチンで煙草を吸いながら語りかける。ここのきょうだいは仲が悪くなく、集中してチラシの裏棋譜を描いている男の子に、他の子が歯磨きの時間だからしなよ、とか声かけしてあげてる。

 

チラシから頭を上げて男の子が私を見た。瞬時にテレパスが入ってきて、彼がもっと幼い時に、心無い同級生からいじめを受けていたことを知る。

男の子は幸いいじめがトラウマ現象にはならなったようだ。発生した負の感情エネルギーをどう対処するか、幼いながらに知っているみたい。

だけど私の心は痛んだ。テレパスで感情が共有されたため、こんな気分だったのか、と別のことに対して同情の念が浮かんできたからだ。

 

その家での仕事を終えて、ふたたびゴトゴト荷物と一緒に運搬されていた。私は心底虚無の表情を浮かべていた。

すると、向いから知っている顔がやってきて、すれ違った。私は荷台から飛び降りて、反対方向に向かったその人物を追った。

元配偶者だ!

彼は街の喫茶店に入るらしい。両親も彼に気づいて、短く会話したあと、彼は店内に入っていった。続いて入ろうとする私を親が止める、何か言おうとするけれど、私は無視した。

店内を見回すと、元配偶者は彼の友達と一緒にテーブルへついていた、待合せだったのだろう。思い出通りに、おしゃれな古着スタイルをしている。急に自分の恰好について、みなりは一応この世界での"ふつう"だが、毛はボサボサなのを思い出した。だけど構っていられない。元配偶者のいるテーブルの側へ行き、「ねえ、東京ってとても空虚なんだよ、ほんとに空虚なの。私あんたのことちゃんと好きだったみたい。あいつらと何喋っててもほんとうにつまらないの…」「あとね、いじめのことちゃんと理解ってあげらなくてごめんね」

一気に感情があふれてきたせいで、それは言葉にならなかった。私はなぜかエネルギーがなくなってその場にへたりこみ、床に膝をつきテーブルの上に顔と腕を乗せてうつむく姿勢になった。

元配偶者は何も言わずに小さな笑顔を浮かべて私の頭をなでた。まるで、まだ2人の生活が破綻していなかった頃、私の具合が悪い時そうしてくれたみたいに。

 

「この人って実はこれをしてもらいたくてここに来たんじゃないの」

彼の友達がほんの少しだけ侮蔑をまじえた感じで言った。元配偶者はやはり何も言わなかった。当然私もそうだった。

 

目が覚めたらめちゃくちゃ泣きたい気持ちだった。

久しぶりにゆっくり睡眠をとった。

家主は仕事をするために家を出ているので、最後だし好きなだけゴロゴロして、勝手に煎茶をいれている。この部屋は好きだ。なんとなく湿度や暗さが自分に合っていて、自分の部屋よりよく眠れる。

 

10ヶ月の付きあいの中で、特に破綻するほどの出来事はなかったといえる。

ただ、私が飽いてしまっただけだ。

結婚してた時も、過去の恋愛でも、お互いを丸裸にして血液の一部も交換してしまうような生の付き合いのうえで破局しているから、表面的なやりとりしかしなくても安定しているならいいやと思っていた。

それに対してやっぱり嫌気がさしてきて…

 

「あのさ、実は君ってさ…この家に〇〇があるから来ているだけで、俺のことなんかどうだっていいんじゃない?」

悟られるほど演技できてなくて、演技できるほど元気じゃない。

私はとっても軽薄でオモシロい返事をして、軽妙なやりとりで終わった。

 

最後の質問、「元妻とはどこで出会ったの?」

「美術館だよ。美術館で見かけて、お綺麗ですね、って声かけたんだ」

非常に美しい回答が返ってきた、しかしもうこの家を出る。