闘病記28/笑いとは差異である(ZAZY論)

【ここしばらくの病状】

食欲復活したーーーーーーーーーーーと思ったらそうでもなかった。

飲み会や外食の機会がちょこちょこ入ってて、その時はしっかり食べられたのでこれはいけるんじゃあないか?! となっていたら今日の昼餉をとったあとぎちぎちに腸が痛んだ。

 

何食べたと思う?

漬物と白米だよ。腹痛くなる要素ねえだろ。

 

依然として身体が食事を拒否ってるらしい。

料理したくないなあ。

種として致命的な病、欠陥とか障がいとか付けるラベルを未だ見いだせてないんだけれども而して私の自己は「病」を肯定してないらしい。

 

睡眠随伴症は軽減出来ていると言っていいのか…いい夢は全くみない。悪夢で叫ぶことはなくなったけれども。

睡眠随伴症の闘病メイトがひとり死んだかもしれないので孤独じゃなあ。

 

薬漬けで静かにぼろぼろになっていく身体がやりたいことを静謐にそれでいて確実に阻害してくる。

腕に力が入らなくなって絵が描けない。

 

【けつとび】

高校、大学の頃はバングラビートが全盛期だったためいわゆるエミネムみたいなアメリカナイズドヒップホップをのぞくと、インドがヒップホップの最先端だった。

ここ数年はアフリカが盛り返してきた。エチオピア・ヒップホップいいですよ。

 

多分自国ではめちゃめちゃ売れているのに諸外国へ輸出されていない状況なんだけど(明らかにyoutubespotifyの再生数格差が激しい)、韓国映画みたいに国をあげていいものを作り輸出する取り組みをすれば数年後にはエチオピアがヒップホップの覇権を取る。

 

韓国ヒップホップは一瞬売れそうだったけどナードすぎて世界に飛び出る気配はない。日本で言うなら関西ゼロ世代+ゲットー感溢るる日本語ラップといったムード。

アジアはミャンマーが良かったけど推していたMCが引退していた。

今なら中国がちょっといけそうな雰囲気ある。

 

【笑いとは何か】

笑いとは差異である。

 

先日、元夫と電話したら開口一番「何故ZAZYが優勝じゃないんだ」という話をされた。言われてみればZAZYが優勝できねえなら誰が優勝なんだよって感じではある。

 

ZAZYは私が彼に布教したのだがその時聞いた感想は「(ネタの世界観に)何らかの常識や決まりごとみたいなものがあるんだけどそれが自分たちとは全然違う」

 

私が最初にZAZYを見たのは、ある人とたまたまおもしろ荘を視聴していた時であった。

(余談だけどおもしろ荘って新人の登竜門なのに最終兵器みたいな芸人しか出てこない)

見た後二人とも「え、怖」と口にした。ZAZYのネタは怖かった。ピンクの服を着た人が勢いよく「キヌエにパンパーン」と繰り返していてそれが面白かったのに。

現在のお笑いの一定数はホラーだと以前書いたが*、ホラーの中でも異質だった。

闘病記21/関西の笑いの本質とは何か - 焦げた後に湿った生活

 

その怖さは「ルールわからん」の一言に尽きる。

元夫の感想で理解度が深まった、ZAZYの世界観は別の惑星とか並行世界とかのルールで成り立っているのだ。そのズレが笑いとなっている。まるで「ヒョンヒョロ」みたいに。

そして、「ヒョンヒョロ」はもう少し明示的にズレていますよというのが分かるのだが(なんせ宇宙人vs地球人であることが最初から見えているのだから)、ZAZYはあくまで一般的な「お笑い」としてズレを出してくるから怖い。

 

はじめに書いたとおり笑いとは差異である。その差異を皆、一生懸命作り出して付加価値としている。

「モノマネで笑ったら即引退」で述べられていたが、有吉は予想を裏切ってくると笑ってしまうと言い、それが一番いい笑いであるとおぎやはぎが評した。

モノマネで笑ったら即引退 - YouTube

この、<予想に対しての裏切り>を笑いとみなすのは現在のスタンダードであろう。

 

此方の予想を裏切ってズレを生み出す方法として、ひとつは言語センスが挙げられる。同じことをしゃべったって、どういう表現方法をとるのか、どういう切り口で物事を見ているのか、という点はひとつの大事な指標である。

会話を暴走させるボケに「会話暴走させんな」とツッコんでも面白くないだろう。

これに優れているのはAマッソであり会話を暴走させるボケに対しては「見てみィこの会話のハンドルの切り方。無免許や」と極めて的確で皆が理解できるラインを維持しつつも個性を出す。

 

後は、ジャルジャルの国名わけっこを代表とする、発想自体が差異である場合。ぺこぱもここに入るか。彼らほど発想の転換、という言葉が似合う芸人もいまい。

 

ZAZYはそのどちらにも属していそうでいないので、評価しづらいであろう。一応リズムネタというくくりに入れられているだけで、発想が差異でもなく、言語センスが差異なのでもなく、「それをお笑いでやることがそもそも差異では」と言って逃げたい。

 

破綻といえるほどのズレを「お笑い」として提出してくる類似例としてコウメ太夫が挙げられるが、コウメのネタはナナメ下にぶっとんだ連想であるので、人間の範疇に収まっている。ZAZYは連想でなく一個の世界を提示してくるからSF的笑いである。

 

なおコウメ太夫が面白いかどうかは個人の好みによるが「コウメ太夫クイズ」は面白い。

明石家さんまは優しいのでコウメのネタをクイズとしてお笑い向上委員会で出演者に出題した。

コウメのネタは「Aだと思ったらBでした~」という形式をとっており、「コウメ太夫クイズ」ではAだと思ったらの部分で止めてBを予想させる。絶対に当たらないが楽しいので是非読者諸君はお友達などと試してほしい。

私は一問のみかなり近い領域まで到達したが、正解を出すことにかけてはABC問題より難しいと思う。

 

で、ZAZYの話に戻るが、はっきりいって今のお笑い界で、もっといや茶の間でだって、マトモにZAZYのネタを評価できる人はいない。ハマるかハマらないかとか、今までのお笑いの評価基準と同じに滑舌や間のとりかたとか、その程度の切り口でしか見られていない。

準優勝になったのだって、世界観や服装といった、他の芸術でもあてはまる尺度でしか評価されていないのではないか。お笑い界そのものが、新しい芸に対する評価基準を創ることをサボっているのではないか。

皆なんとはなしにZAZYおもろいな、くらいにしか言語化してないんとちゃう?

 

そうでなければZAZYは負けが似合う、といったかつてのタイガースファン的態度に逃げるしかあるまい。

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