2022年頃に初めて実家以外で金魚を飼い始め、ようやく夢が止まった。
夢というのは定期的に、昔実家の玄関で飼っていた金魚やブルーギルが水槽も昔のままで夢に出てきて、水換えやエサやりをしなければ…と思う夢だ。
いつ頃みはじめたのかは覚えていないが随分長いこと「またこの夢…」と思っていた。
ブルーギルの飼育について日本では禁止されていそうだが、兄が「唐揚げにする」と釣りに行って持って帰ってきて、唐揚げにするのも手間だったのかそのままにされた。
ブルーギルは金魚やメダカよりデカい分脳みそも大きいのか、エサをくれる人間(つまり私)のことは見分けていて、帰宅すると水面まで来ておかえりを言ってくれたものだ。
玄関には空調が入っていないから秋冬は寒いし夏は暑いのだが、季節問わず私はそこにいることを好んだし魚も何故か体調を崩さなかった。
夢に出てくる水槽は実際に魚を入れていた虫カゴにそっくりで、そこに悲壮感はない。設備としては貧相だが。
濾過装置はなく酸素の出る石と水草を入れていただけ、空調もなしにどうして魚が生きていられたのか不思議だ。
強いていえばエサはいつも少なめにしていた。どこで知ったのかは忘れたが「エサのやりすぎは良くない」というのを実践していた。
実家にいた金魚もブルーギルも最期は近所のネコが知らぬ間に玄関に入ってきて食った。
ネコ相手に文句も言えず泣く泣く水槽を片付けて以来魚は飼っていない。
東京へ来てしばらく経ちコロナ禍もおさまった頃、お祭りの夜店が復活した。
金魚すくいに行って小赤やハネの金魚をとり、ついでに何故か混じっていたメダカももらい初めて1人で水槽を立ち上げた。
昔ながらの観賞魚店で一式揃えて店主が勧めた金魚用メダカ用それぞれのエサも買った。
金魚は安いと1匹100円から買えるのに、生かすためのモノの方が生体よりはるかに高いのだな、と感心したり呆れたりした。この場合の呆れるは己の道楽に対してである。
(このような観賞魚店も実家の近くにはあって幼い時分は熱心にネオンテトラ等を眺めていたのだが、もう店を畳んだと風の噂に聞いた。店のおじさんと魚とカメはどうしたんだろう)
それで、色々飼育したが金魚というのは難しいものですぐに腹を壊して死ぬ。
ストレスにも弱い。
実家の簡素な装置だけで3年も生きていたのは何が良かったのか。難しさを知った後では、あの玄関にいた生き物たち、犬と魚とカブトムシと幼子が何かに守られていたとしか思えん。
私の地元は治安が良くなく不審者もそれなりに多かった。
共働き家庭のため、帰宅したら玄関で犬と遊んだり生き物の世話をしたりするのが私の日課だった。網戸1枚を隔てただけの空間で、幼い子どもが1人で長時間親を待っているのを外から見ようと思えば見れる環境については、今から考えると恐ろしさも感じる。
それでも1人で玄関にいてつまらないと思ったことはなく、親が帰るまで寂しくもなかった。小さな友達がいたから。自分なりの小宇宙が生き物を介して作られていて、それで満足していた。
何もなかったのは、あの狭い空間に生き物を守る神や仏の類がいたのかもしれぬ。隣の町内会長は24時間365日私を守れるわけではないから見知らぬ加護はありがたいことだ。
話を飼育の難しさに戻すと、エサは多くても少なくてもダメ急な気温変化もダメ、よかれと思ってつけた濾過装置の音がうるさくて白点病になるという始末で、個体ごとの性格もあり本当に難しい。
金魚に性格はあるというと人に驚かれるが、去年飼っていたコメットなど気位が高くて気に入った音や声しか耳に入れたくないというやつだった。
私が帰ってきて部屋のあかりをつけると怒る。
急に明るくするな、足音を立てるなと。
気に入った音はオンライン会議で客先のおじさんの1人が出す声くらいで、会議でその人が発言するとご機嫌で近寄ってきた。
面白くて好きだったが人間でいうところの感覚過敏なのでそのうち死んでしまった。
今いる金魚のうちでは琉金がそういう気性難の系統で、誰と混泳させても自分が王でいたいというプライドの高さだったがたまたま後から入れた東錦との相性がよく、いつでも2匹で泳いでいるしがらっと穏やかになった。
卵は作っていないので同性同士なのだと思うが、これも巡り合わせである。
東錦の方はある特定のエサに強い執着を見せる以外は温厚で賢く、新入り金魚やヤマトヌマエビにもむやみやたらにかかっていかないし具合が悪そうな個体には寄り添っている。
メダカもそれぞれに性格があり、ジャイアンのような性格のもいるし誰とでも仲良くするのもいる。
そのなかで混泳お断りの個体がいる。
つがいが死ぬとガクッとくるのもいるがこのメスは1人になってせいせいしたといった風情だ。
2022年の金魚すくいで拾ってきたメダカで産卵もたくさんしたし先天性の疾患があるので今年は死ぬんじゃないかァと思っていたが春夏秋と持ち越した。
とうとう12月になって疾患が最終段階まできたので、最期は1人でゆっくり過ごせるように隔離した。
川原やどるというおじいさんが作ったミューズという品種の金魚も1匹、病気でもないのに横たわっていていまわのきわだ。
ミューズのことは「川原やどる」で検索してみてほしい。
偶然手に入れてからは、こんな魔法みたいなのが家にいるなんて考えると不思議だし嬉しかった。
養生目的の塩を入れる関係で2匹の水換えは毎日やらないといけないが苦痛でもない。死なれる方がよっぽど苦痛だ。
部屋を24度に保ってせっせと水換えはするが、手を尽くしても終わる時は終わると知っている。
観賞魚店店主曰く「あなたのお世話している子はどれも体表が綺麗だから環境は良い」のだし、それでダメなら何をしたってダメだ。
人が生命の長短に関われることなんて限られているよな、と思う。
金魚仙人が作った夢のような金魚と疾患を持ちながら寿命まできたヒメダカがいる部屋で、長い微睡みに包まれているのだった。
金魚が水に放たれているみたいに私も金魚とメダカがいる間は夢の世界に浸かっていられる。
水槽はいつまでも見飽きないし、金魚がいる間は天国みたいだ。