流行り病がおこり登校できなくなってしまった。
プライベートで友達と会うことも禁じられて、家にこもっているしかなくなった。
一日になんべんか、学校から一斉送信で宿題やお知らせの類が届く。
そのようにして過ごしているうち、学校のメールには奇妙な現象が記載されるようになった。
奇妙な、というのは、怪我をした生徒の情報が流れてくるようになったのだ。
奇妙なメールが来る頻度は徐々に高くなっている。
私の友達とのグループLINEでもこの話題があがっている。
全員勘はにぶくなかったのでお互い言葉にせずとも、<怪我>に対して「なんだかへんだな」という気持ちは持っていたみたいだ。
友達は一郎と洋次と誠との四人組だ。
二年三組の中で気の合う連中と自然につるむようになったのだった。
一郎は高校生ながらも犯罪防止活動をしていて、洋次も「自分は嫌な子ども時代を過ごしたから、子どものために何かしたい」とボランティアをやっている。
誠と私は常々音楽なんかの話をしていて、熱中していたら一郎も洋次も居る時は混じる、という感じだ。
時間が取れる時はバイクでラーメン屋に出かけたり、そうでなくても学校の屋上で授業をふけて煙草を吸ったりしていた。パンデミックになる前は。
学校に行けなくなってから、サボりはしていたくせにかえって学校のことを思い出す。昼休みのざわつきとか屋上の風のこととかも。
パンデミック前、私は毎日弁当を作っていた。
両親は宗教活動で大体いないので、自炊は毎日している。
弁当には好物の卵焼きを必ず入れ、あとは前日のおかずの残りなんか詰めている。
ある日、誠が弁当を覗き込んできて、「美味そうやな」と言ったのでおかず交換してやることにした。
メニューは、卵焼きに加え、冬瓜とそぼろの煮込み、醤油蒸ししめじ。
そのやりとりを見ていた女の子がいた。
(誠や一郎のファンは、昼休みになると時々現れる)
「やっぱり私も、これくらい出来ないとダメですよね?! 誠さんの愛妻弁当、作りたいもん」
「いやいや、ただの友達同士の弁当交換やがな、愛妻弁当て!」と誠は笑った。
私も食事してるだけなのになと内心思いつつ、誠に同調し流した。
今、家で一人洗い物なんかしてるとその光景を思い出す。
趣味はあるしパンデミックでもそれなりに過ごせる方だ。
パニックになっている人も多いと聞くが、もともと親がほぼ家にいなかったし。
パンデミック時だからこそ響く音楽をチョイスしてプレイリストを作り、グループLINEでシェアしている。
学校でしていた音楽の話の延長線だ。
でも食事については、流石にそろそろ友達と食べたいという気分になる。
私は自分一人のためだけに料理をするのは億劫だが、誰かのために用意するのは苦じゃない。宗教活動のない日に親が帰って来る時は、多少気合を入れて作る。
毎日早朝に出て何時に帰るのかわからないから、私は宗教活動についていけない。
集会に連れて行かれたこともあるが、信者のエピソードトークや「色んな人がいて世界が回っている」「違いがあるからこそ人は云々」みたいな、ふわっとした説法ばかりで退屈だった。
私にはピンと来ない教義や理念のために毎日勤しむ両親も、帰宅してご飯があるとまるで信仰がかなったかのように嬉しそうだった。
部屋を整えるのもトイレ風呂の掃除も面倒だが、自分以外やる人間がいないからやっている。
友達が来るなら面倒さはちょっと減って楽しみの方が勝つだろう。
パンデミックじゃなかったら皆を家に呼ぶ選択肢もあったけど、無理なものは無理だ。
炊事家事のたぐいはこのように嫌いではないのだが、親は私が家事をするのは当然のようにふるまっているのは引っかかったし、家庭科の授業では結構注意された。
刺繍の出来があまりにも酷かったからだが、他にも下手な男子はいたけれど、教師は私にだけ「諦め半分、期待半分」みたいな目を向けた。
「もっと丁寧に綺麗に出来るよ、な?」
そう言って、やり直しを命じた。
刺繍を丁寧に仕上げられるビジョンが全く湧かず、クラスで一番上手な子に頼んで、五百円払ってやってもらった。
私だけがやり直しさせられたことについて、一郎は静かに怒っていて「教師というものは信用できない」と言い放ってたし、他の二人もなんだあいつはとぷりぷりしていた。
刺繍の件の後、一郎と一緒に屋上に行って喫煙した。
一郎とは刺繍のことではなく、とりとめのない話をしたが夕方の屋上のちょうどいい気温と風が良かった。
私は面倒くさがって教師へ感情を表に出さなかったけど、(親には放置されている、でも友人に恵まれてる)といつものメンツに感謝した。
パンデミック後はその"いつものメンツ"と対面で会うことはできないけれども、グループLINEは毎日している。
一日中ずっとではないが、一人一回二回は必ず発言しているんじゃないか。
一郎があまりファンの女子への返信をしないから最初はからかっていたが、やはり自然にあの話題になる。
「家にこもる日々なのに、何故こんなに怪我する人が多いのか?」という当然の疑問が沸き上がった。
頻繁に怪我の知らせがくるので多くの生徒が異変と感じ取っていた。
我々も、好きな音楽の話や今日あった話をするだけではなく<怪我>についても推理するようになった。
まず、DIYや格闘技が流行っているわけでもないのに次々<怪我>をする者がこう連続して現れるわけないだろう、と私が言った。
皆もそうだなとか外に出ないから交通事故もないしとか返したが、では何故<怪我>が連続するのかは当然わからない。
他の同級生とのLINEでも、あの学校からくる告知のことが語られる。
「昨日腕に傷を作ったのは二組の委員長らしい」といったように。
いつも告知では生徒の氏名は伏せられていたが、まあ知り合いの誰かから情報は来るものだ。
ある者は切り傷、ある者は骨折といった噂が毎日流れる。
一郎が「学校から来るメールはいつも同じ文面だな」と言った。
言外に、「またか…」というのが滲んでいる。
洋次はまだボランティアに行けているらしい。園が完全に閉まるわけじゃなかったから、今のところ、それだけが以前と変わってない。
地味に、静かに、日々が狂っていった。
だんだん<怪我>を負うものが増えている。
隠されているものの、<怪我>というのは自傷なのだと噂されるようになり、一方で回復した生徒がいるとは聞かないし、実際学校からそういった連絡はない。
LINEでは誠が「怪我ってなんなんだよ、自傷? それ皆がやってんの?」と打った。
何人もの人間が自らを<怪我>させ、戻ってこない。
これは匂うぞと一郎も送ってきた。
取り返しのつかないことが無差別に、無慈悲に降りかかっているんじゃあないかと私は思ったがそれは送れなかった。
取り返しのつかなさが顕著にあらわれたのは洋次の時だった。
ある日の十六時頃、例の告知が来た。
三組の男子生徒が指を怪我したというアナウンスが来た後、「当該男子は洋次で、指を自分で切り落とした」というのをすんなりと他の同級生が話した。
「はぁ?」と思ったがその日から洋次の連絡が途絶えたため、我ら三人も共通認識とせざるを得なかった。
残りの二人とLINEした。
「ありえねえ」
「洋次が自分で指を切るなんて」
「幼稚園で働いてるのに」
何かある、という直感はほぼ確信となった。
沢山の生徒が自身を傷つける行為をしているが、隠されているのは学校が恣意的にやっているのだろうと話した。
原因はウェルテル効果でもなんでもいいが、起こったことを隠しているのには不信感があった。
しかし、どうして洋次が自分の指を切り落としたのかはわからない。
またもや噂で「指を切り落とした日、洋次が親に怒鳴っていたのを聞いた」とか「鏡に血がついていて顔を何度もぶつけた形跡があった」とか情報が入ってきたが、洋次は高校入学前に虐待する親から逃げているはずだし、不可解だった。
鏡に何度も顔をぶつけるとはどんな状況だったらやるのか…激情に駆られたのであろうが、どこまでも想像でしかない。
話しても暗い方向にしかいかないとわかっていたので、誰からともなく適当なタイミングで話を切り上げた。
しばらく経った日の夜、夕餉と風呂を済ませたあと、ふすまの前でぼーっとしていた。
すると、ふすまに映った影がぬるぬると動いて変化した。
影は動き続け、歌舞伎役者のこども、というような風体の和装の美しい男児に成った。
影の男児はふすま上を自由自在に舞った。
六才くらいの男児であろうが、その者の眼光はしっかりしているし動きは普段の練習を想起させ華麗に舞っていた。
何より舞は愉しそうだった。
舞を見ていると、「彼にはそれが許されていますが、あなたはそうではありません」と声が聞こえた。
まるで週刊誌の次のページをめくったようなトーンで。
声を耳にした瞬間殆ど自動的な怒りが身を支配し私はふすまを殴った。
殴っても影は消えなかった。
殴るたびに男児の影は、小さな女児が動くさまに一瞬変わる。またすぐに男児に戻り、一向に現象は止まない。
私は気づいた。
一瞬映る女児が、自分の影であることに。
影を殴るたびに自分の内臓が熱を持った。高校生の力で幼児を殴った分の暴力がそのまま自分に返ってくる。
けれども殴ることを止められず、いずれふすまは壊れるだろうがふすまが壊れても今度は別のものを殴るし、家のものを順番に破壊していくなかで自分の右手が壊れることだろうと思った。
あの声のせいで、自分が昔から持っていた恨みと怒りを喚起されたことに勘付いた。
勘付いたけども止まらない。
恨みと怒りはしっかり私の内部に根付いていて、(こうやって皆自分を壊していったんだ、洋次も自分の弱い部分を攻撃されてこうなったんだ)と思考をしつつも、私の意思とは無関係に自動的に右手が動いた。動き続けた。
(洋次もきっと声に抗えなかった、オマエ、親の姿にさせられたんだろう! 自分のままで)
「ああ、自分も明日には右手を<怪我>したって告知をされる」と考えた時、背が低くて善良そうな、眼鏡をかけている老女が私を止めにきた。
老女は「おばあちゃんびっくりしたがな! ◯◯ちゃん(私の名前だ)止めなさい、手ェが痛むよ」などと言っていた。
この丸っこい眼鏡の「祖母」が本物の祖母であるはずはない。私の血縁者は皆々高身長でイカつい風貌だからだ。写真で見た生前の姿と違いすぎる。
それでも、「オバアチャン」と、私は口にしてしまった。
「祖母」が私の腫れた右手を持ち、痛ましそうにして、この子が可哀想、こんなに愛しい孫なのに不憫だ…という顔をしたので。
そして、「祖母」はある言葉を口にした。
それは言ってはいけない一言だった。
所詮偽物の言うことだ、と斬って捨てることはできなくて殺意が閃光のように生まれた。
彼女が、私に対して「女の子なんだから…」と述べたから。
腕を振りほどき、「消えろ」と強く念じたら即座に殺意は達成された。
一気に傷が噴出して、人ではないものの殺害まで致した。
露わとなった怒りにかえって呆然としていたところ、「祖母」と入れ替わりに両親が来た。此方は本物だった。
両親は宗教活動に時間を取られ普段は留守にしていたが、子の危機を本能で察したのかもしれない。
あるいは一晩だけ信心の成果が出たのか。
「ママ…私"女の子"やった」
私はようやく理解した。
友達がフラットに扱っていてくれたから、忘れてしまうほどに性別を意識しなかったのだ。
だが、「祖母」やあの声…「彼にはそれが許されていますがあなたはそうではありません」に、私はずっと傷つけられてもいた。
今日初めて聞いたんじゃない、<怪我>は再生されたものだ。
生徒たちは過去や日常の傷を強制的に再生させられ壊れていったのだ。
これは呪いだ、パンデミックの形をしているだけの呪いだ。
「どうしたん、こんなんなって」
母が心配そうに聞く。
「皆自分を傷つけるようになったんや。洋次も自分の指を…」
「洋次くんて仲良かった子ォちゃうんか」
父が私の友達関係を思い出しながら質問する。
「そうや、友達や。ちょっとふっくらした、幼稚園でボランティアしてた子や」
洋次はひとめ見ただけなら不良と思われそうな見た目で、つり目のどっしり体型だった。
でも、人となりを知れば、彼が幼稚園で働くのは極めて自然なことだと皆得心するような子だ。
「ずっと縛られてた、今思い出した、このままやとまたやってしまうわ、影は消えへんもん」
どういう理屈かは知らないが確かに学校がこれを隠していたことは変なことではない、と思った。
だっておとなしい個が集まって成立する性質のものだから、「感染」したものは学校の性質にそぐわない。
抑圧されたことに対して人はこんなにも激しく反応するのだから。
「〇〇ちゃん、聞きや。プランクトン・マナクなんよ」
「え?」
「あなたはプランクトン・マナクなの」
母が言い出したフレーズは初めて聞いたものだった。
「それ、なに? プランクトンはわかるけど。マナクたらなんや、全然知らんえ」
「プランクトン・マナクは他の個体と違うということが、種のためになるの。生物多様性ってあるでしょう。あれは生きもんに必要なもんなんや、プランクトン・マナクはそれを担保してくれるんよ」
なんじゃ、そりゃ。
「いやや、私がプランクトン・マナク? 生物多様性のために存在許されてるん? そんなん…他の生きもんのための人質やんか」
「〇〇ちゃん、聞きなさい。プランクトン・マナクにはまだあるねん。プランクトン・マナクが存在してるとな、後の生物が続いていけるんや」
母の説明はやや茫漠としていたが言わんとしていることはわかった。
「プランクトン・マナクの後には進化の可能性が残されているってこと?」
母の解答が聞こえる前に両親は消えた。教義が達成されたからだろう、おそらく。
私は進化のために生かされているのだ。不服なのは不服だが。
おそらく身体的な進化のためではなく概念のための遺伝子キャリアーなのだ。
いつか成される何か良き変革のために、「色んな人」を担保する目的で人と違うまま生き続ける。
理解したと共に、深海から水面へ上がっていくみたいに、意識が醒めていった。
パンデミックは長く続かなかった。
学校や会社は再びパンデミック以前のように運用されることとなった。
プランクトン・マナクも高校を卒業し、大学も出て働いた。
男児の影や謎の声に指導されたわけでもないのに、半ば自動的に大企業に入ることにした。
右手が壊れる<怪我>とはならなかったものの、あの夜以来、遺伝子キャリアーならキャリアを積むべきとでもいうように、人間社会の生物としては自然な選択をするようになった。まったく冗談みたいな恐ろしい話だ。
一郎や誠はどうしたかって?
いるけど、いない。
洋次みたいに<怪我>をして人口、特に若者層は大幅に減ったが、政府により増やす方法が確立されたから人々は従った。
皆早々につがいを作ってせっせと子孫をこさえているから、増える方が速くなったのだ。
プランクトン・マナクについては…あれは一晩だけ宗教的力を得た親が世界を理解して発したものであり、多くの人に共有された言葉ではない。私一人の記憶にひっそり残った、はずだ。
生物多様性といっても、私は私のままだったし。変革を起こせるわけでもない。
で、ちょっと前に、会社のある男性が育児休暇を取っていたのだが、
「男が育休を取ったらどうなるものか」
「あの人、両親に子ども預けられないから仕方ないんでしょ」
と他の男性社員たちが話しているのを聞いた。
両親に預けるかどうかなんてその人の自由ではないか、と思った。
しかも男が育休なんか取れるわけない、叩かれる、みたいに言われていたから、頭の片隅に杭となってその会話が残った。
21世紀、プランクトン・マナクは失望している。