トントとジョンはコンビを結成するも衝突が絶えない。
兄嫁に対する横恋慕を指摘されたジョンは、トントにお前はしょせん先住民だから俺の気持ちなんてわかりっこないという旨の八つ当たりをして険悪なムードになる。
白人と対決し滅びゆく運命にある先住民の集落では、トントが故郷を失ったトラウマがあることが明かされ、トントはトラウマゆえに悪霊の幻想に囚われた「傷ついた少年」なんだとジョンに言われてしまう。
-幼トントは、行き倒れの白人の大人二人を助けて自分の土地に連れて行ってやるが、そこが銀を量産できると知るやいなや、白人はトントを甘い文句で言いくるめて安物の時計と引き換えに彼の故郷を奪う。
何の比喩も説明もいらない。これが植民地だ。搾取の構造。
いったんはトントから離れ白人社会に戻ったジョンだが、兄が殺された事件や白人と先住民との争いがとある人物によって仕組まれていたことを知る。悪びれもせずに発展には犠牲がつきものなのだと言うその人物を前にして、はじめてジョンは法だけが正しいのではないと実感する。
法を作ったのが支配者である限り、法で救えないものは存在するのだ。
物語は佳境に突入し、やや長ったらしかった前半より、中盤からラストは怒涛の展開になる。
先住民と白人の戦争は避けることができずに莫大な死者の山を作る。マシンガンの前に次々と倒れる先住民たち。
かつて先住民の土地だった鉱山。尊厳などまるでないかのように扱われる華僑の労働者。
そこにふらりと現れるトント。トントに向かって「お前たちはもう亡霊なんだよ」と吐き捨てる開拓者の一人。
亡霊とはなんと言い得て妙な表現なんだろう。トントがネイティブアメリカンであり続けるためのモノは故郷にしろ家族にしろ失われており、老いて時間が経つに つれ断絶していく記憶のみが彼に残されている。一方で、亡霊という語には支配者自身の恐怖が無意識に入り込んでいる。いくら殺しても立ち現れる存在。亡霊 とは浄化しなければいけないもの…という話はおいておくとして、最後の記憶は圧倒的なスケールで展開される大陸鉄道でのガンアクションである。
ジョン、トントは開通式に殴り込みをかけ、鉄道上で黒幕との壮絶な戦いが始まる。
ド派手に銃がバンバンぶっぱなされくるくると立ち位置が入れ替わる。
先住民の法則・物々交換によって、トントがずっと持っていた復讐のための銀の銃弾は、最終的にジョンのもとにわたってトントの危機を助ける。
最初、ネイティブアメリカンであるトントがなぜ敵の武器である銃での復讐にこだわっていたのか分からなった。
彼は口にこそしないがその理由を文字にするとこうだろう、
「テメーの作った近代化と共に滅びろ」
銀の銃弾はトントの敵の武器をはじき、トントは忌まわしい思い出の時計を投げつけ、黒幕は銀を積んだ列車とともに沈む。近代化の象徴たる銃と搾取そのものであった銀をもって復讐は完了する。
ド派手なアクションを観ながら、たとえば泰緬鉄道であったりその他多くの植民地のことがずっと頭をよぎっていた。
また、こう願っていた。
「頼むからもっと派手にやってくれ、これをファンタジーだと痛感させるために」
近代化と身勝手な開拓のツケを支配者に払わせた痛快な復讐劇なんて、しょせんフィクションだ。本当は復讐なんてできなかったことのほうが圧倒的に多い。
たとえ復讐に成功したとして故郷も家族も戻ってこない場合もあるし、鉄道を一度ジャックしたところでそのプロジェクトすべてを破壊したことにはならない。先住民をブチ殺して行った開発はきっとその後も続けられただろう。
だけどもこの映画は先住民、その子孫のための娯楽作品である。
その昔テレビドラマ版の作品を観て「かつて脇役だったトントを、僕は一匹狼の戦士として演じたかった」(パンフレットより)と願ったジョニーデップを癒す物語である。
本来主役であったローン・レンジャーことジョンを喰って、トントは紛れもない主人公になった。ネイティブやコロニーで搾取された者の子孫たちに多大なるカタルシスを与えるエンターテイメントがこの世に誕生しただけでも涙が止まらない。
続
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