焦げた後に湿った生活

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強毒

「そういえば今年用の魔除けを作っているけど桃を買いすぎちゃったから、あンたの分も作っておこうか?」

 

「仕事がストレスだ。飲みに行きたい」という連絡があったので知っている店に連れて行った時、ふと思い出して聞いてみた。

 

桃の花が萎れたら花とか芽とかが生えてる部分をむしって、枝を天日干しにして、乾いたところでちょうどいい長さに切って、カッターとか小ぶりの包丁とか刃物と一緒にくるんで枕元に置く。

 

「それって効果あんの?」

「さあ…毎年やっているからそれがなくて困ったとかあるから良いとかわかんない」

「旧い暦に合わせなくてもいいものなの?」

「そんなこと言ったって日本で桃が花屋に売ってるのは桃の節句しかないからこの時期に買うしかない。桃の花を見て楽しんだ後作る。そんで京都だったら500円くらいから売ってるんだけどなんでかこっちは1000円以上のたっぷりサイズしか売ってない」

「そうか、あってもデメリットは特にないから作り得なんだね」

「ふつうに桃の花綺麗だしね」

 

魔除けのメリットとかデメリットとか、そんな風に考えたことはないけど。

 

 

ホワイトデーが近いからというので奢ってもらった。

私はおととい倒れたばかりなので鉄分を摂取しようと、ほうれん草のおひたしと鳥の臓物を食べた。あとひらめは2人とも好物なのでやたらにつついた。

 

帰り道些細なことで相手がキレて(あんま覚えてないけど)殴られそうになったのだろうか私は右フックをしてしまったような気がするというぼんやりした記憶がうっすらある。相手に言わせたら「人は絶対殴らないよモノには当たるけど」らしく、しこたま酒を飲んだ後だし瞬間湯沸かし器みたいに相手の機嫌がなおったのでどっちでもよくなってしまった。

喧嘩の(おさまりゆく)過程で相手が死者のことに言及したので私はあやうく人前で泣くところだった。いや泣けばよかったのか? 

(やめてくれ! 死者の名前を耳にするとあの枯れ果てた草花しかない空間が即座に生成されてその座標に心がとんでしまう…)と呆然としている間に相手は死者のことを言うのをやめて別の話題に移った。

 

往来の争いの最中、京都での道楽の日々が一瞬心臓に差し込んできた。別れ際に好きなだけ殴ればいいと言われてマウントで殴っていたら(相手ははりて2、3発くらいを想定していたらしい)パトロール中のパトカーが明らかにこちらを見ていたのに何故か無視していってしまい「京都府警のお気に入り」扱いされたこととか。

皆さんが私に望んでいるのはこういう映画みたいなオモチャ人生で、京都にいなくても幾らでも湧いて出てくるらしいよ。

 

翌朝はめちゃくちゃ晴れていて、バルコニーへ出て例の魔除けの桃の枝からせっせと生の芽や花の残りなどをむしった。

 

タオルや浴室用マットも洗った。

このバルコニーであたたかい陽の光を浴びながら生活のことをしている最中大体幸福なのだが、「自分は何かに喰い荒らされているのだがそれは絶対に目に見えない」というきざしがあった。

 

そして、昨日の深夜に「君の天の声とやらは随分精度が高いようだ」「けど君は天の声を無視するか聞いても有効活用できてなさそうだね」と言われたのを思い出した。

随分な言い草じゃないか、お前が私の生命活動にとって危険なら真っ先に貴様に対して怪奇現象が起きているからな、今起きていないのはアンタが私に惚れていて変わろうとしている最中だからだ、と思ったけど口に出さなかった。面倒くさいという感情が毎日毎日何においても勝ってるし、「天の声」ではなく一応は名前があるのだがそんなもんヒトに教えたくない。

 

「付き合った人9人くらいいるんでしょう、その人たちから何か言われなかったの」

「9人もいないよ?! 4、5人くらいだよ。浮気しなかったから、寝たけど付き合わなかった人足してこれまで6人としか寝てないことになるな、つまんない人生だ」

たくさん寝てないとつまんない人生になるんか? そうとは思えないけど。

とはいえ私の人生の中で一番おもしれー男であるお師匠なんて彼が通った後にはぺんぺん草も生えないほど女と寝てるから何も言わない。

 

 

強烈な毒が自分から発せられていて致死量に至るまで浴びた人間は何かが変わってしまうのだという感覚が確かにある。事実として昨日飯を奢ってくれた人間は変わりつつある。モノに当たる癖は治らんみたいだけど。

私の身体は単純で、欠乏していた栄養が足りたから、目に見えない何かに喰い荒らされているけどそれを補ってあまりあるほど毒がある!と主張してきた。つまり元気だということ。

 

 

夕飯は薬膳カレーを作るのだ、絶対カレーの気分なのだ。