焦げた後に湿った生活

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女と宝石 (あるいは、女性が直面しがちな危険について)

人間は死ぬ、いつか必ず死ぬ。ひどいあきらめのなかから生まれた、西でくたばっても東でくたばっても同じという極めてドライでハードコアな死生観が自分をかなりなげやりにさせる。巧妙にセーフティネットを張っているし、人生はそうそうクライマックスなんておとずれないから今日も生きているけど、知り合いがひとり死んでしまった。

 

起き抜けにLINEをチェックすると、H氏から連絡が来ていた。

「…氏が亡くなりました。自ら死を選んだということです。あなた宛てにことづてがあるので都合のいいときにうちに来てください」

とのことだ。…氏とはH氏を介して知り合った。一度会ったきりだがネットではつながっていた。「…氏」とハンドルネームを脳内で照合し、はて合っているはずなのだがどうも確信が持てぬ。…氏という名前自体になじみがなかった。個人を識別することすらこんなありさまなので、ことづてを頂戴するほど密なつながりだったかといえば疑問がある。

「ことづてとはなんでしたか。自分で確かめますが、軽く教えてください」

「僕もすべて知っているわけではないですよ。本を借りていたので返す、と聞いています」

いかにもありそうなことだが、私が彼に本を貸したという記憶はいくらふりかえっても、ない。一体どうして本を返すという方便を使ったのだろう。言いたいことを書いた紙が「本」にはさんであって、それを読めとかそういうギミック、しこんであるんだろうか。

私は起きてでかける支度をした。行かないという選択肢は取らない。ことづてなるものが愉快な内容とは限らない、だが、死者の残した言葉を前にして知りたい欲求を抑えることはできないのだ。

東北に帰ってしまう友達と最後に遊んだとき、一緒にみようみようといってみていなかった「レオン」を視聴し、開始5分でまず「NYの治安わる」と両者つぶやき、終わりかけにまた「NYの治安わるすぎだろ、絶対住みたくねえ」とお互い言っていたのだがなんやかんやで私はNYに住むことになった。

多くの都会がそうであるようにNYも夢追い人がたくさんいて、家賃がクソ高いので複数人で共同生活しているものだ。「ララランド」でもそうだったが、たとえば俳優になりたいやつらが4人くらいでひとつの家を借りて住む、私もone of themで昔からの知己と一緒に女2人共同生活をしていた。

いつの間に英語をこんな喋れるようになったんだっけ? ビジネス英語を聞き取れなくて仕事でひーひーいってた東京生活とちがい、英語をつかう日常生活には不自由せず、ただ俳優になるという夢を追いかけて質素なくらしをしている。同居人も俳優志望。キッチュ好みでどこか抜けている私と違って同居人は質実剛健な女だったが、付き合いが長いし同居にもっとも必要な要素"干渉しない"を2人とも満たしているため、ルームシェアはうまくいっていた。

 

ある日、私は公園に出かけた。冬からはじまった感染症の流行とともにNYの景気は悪くなっていて、収入も減るし、密集をよすため娯楽施設に行けなくなり、散歩くらいしかすることがなかった。同居人を誘って安価なアクセサリーを買いに行こうとしたが、店は前述のとおり密集をさけるため食料品店以外は一時的に休む、ひどければ経営のみとおしがたたずに閉店するところが続出していて、お目当ての店に行けなかったのだ。1~数ドルでカラフルなファーのついたヘアゴムやこどもだましのキラキラしたゆびわを買うこともできなくなっていた。

公園には、大きな雑種犬がいた。犬はひとなつこく、私が触りにいくとよろこんでころがってきてくれた。犬は好きだが飼うよゆうがないので、満足するまでなでたり一緒に遊んだりした。そのうち飼い主のおじいさんと仲良くなって、近所だということが判明したので時々遊びにいかせてもらうことになった。

 

予想はしていたがNYの景気は低迷しつづけ、ものが手に入りにくくなったり、新しい仕事を見つけるのが難しくなったりしている。

おじいさんはちょいちょい、腰をいわしてしまうので犬の世話を私が代わりにやることがあった。適度な距離で親切にするのはたのしく、週に2へんくらいはおじゃまして犬と遊んだりおじいさんと話をしたりした。話すうち、家のようすからなんとなしに気はついていたが、彼は「中流階級」だと判明した。借家じゃなく持ち家なのでそうではないかと思っていたのだ。現在と比べて経済が良かった時分に安定したコースをとり、老後に四苦八苦しなくても質素な生活を送るに困らない程度の身分だ。今の若者は中流になることすら難しい。嫉妬したわけではないが、違う時代の人なんだなあと思った。

 

死は平等にやってくる。(ウソ。貧乏人の方がより死にやすい。使いやすいフレーズだから、使わして) 感染症の流行後NYの景気が上昇するようすが全くみえないまま数ヶ月経ったころ、おじいさんは本格的に体をこわした。感染症にかかったわけではないが、もとが老人なのだ。いつ死ぬかわからないフェーズに入ってしまったので、犬を引き取ることになるかもな、と覚悟しようすを見に行った。おじいさんは遠いところに住んでいる息子を呼んでおり、初めておじいさんの家族と会った。二言三言しゃべり、離れて暮らしているあいだ父がどうだったかとか、犬の面倒をみてくれてありがとうとか話した。私についてたずねられたので「友達と一緒に俳優を志望していて、働きながらチャンスを探している」と簡潔に答えた。息子の方はわりに手堅い職を得ており、金銭的にもよゆうがあるらしい印象を受けた。

 

とうとう一本の電話を受けた。おじいさんの息子からで、父が死んだので…という連絡だった。私はおじいさんの家に行き、犬と息子に会った。息子と連れ立って犬の散歩に行き、ぐるりと一周しているあいだに、「転職をするので△△に家を買おうと思っている、もしあなたさえよければ一緒に来ませんか」という申し出を受けた。「もちろん今すぐ答えなくてもいいです、転職は〇月〇日からなので、それまでに返事をください」

 

私はぼーっと考えた。同居人がいつものごとくピシッとしたようすで「ふぬけているなら買い物はどう」と誘ってきたので、行く、行く、といって立ち上がった。彼女はこれまで私たちがよく行っていたような安いアクセサリーショップを探しだしていて、久しぶりに、ずらっと並んだゆびわやヘアピンやネックレスを見てテンションが上がる。

「この指輪とこっちので迷うわ~。たかが数ドルやけどさ、今や収入が減るばっかりやから浪費できひんもんな」

若草色のジェムのような台に薔薇のモチーフをのせた指輪と、もう一つ候補を比べていると「アンタにはこれよ」とあっさり宣告し友人が薔薇の方をつまんでレジに持って行った。彼女は私に似合うのがどっちか分かっているのだ。

「結婚祝いやわ」

「あたしまだ迷うてんのよ」

あの男と暮らしたら、経済的に安定するのは間違いないが、俳優の夢を追わなくなることはわかっていた。別にやめることを男に強制されたわけでもないし、結婚しながらオーディションを受けることはできるのだが、単に自分はその手札を持たないだろうという予感を持っていて、私は予感というのはそのとおりになるものだ、と知っていた。

「アンタは行ってしまうわ。でも応援するから」

「ありがとう」

同居人は簡素に言ったが確信的だった。彼女も私と同じように予感を持つことのできる人種なのだろう。お返しに同居人に似合いそうな、溶けるような透明のイエローのヘアピン(彼女には似合うが私には似合わないもの)を2つつまんでレジに持っていこうとすると、彼女は固辞した。プレゼントは受け取らないつもりなのだ。じゃあ分けておそろいにして、と言うと彼女は受け取った。

 

 晴れた日にクルマに乗って△△に向かう。となりには婚約者となったおじいさんの息子、後ろの席には犬がいる。

 結婚というのは気力の問題なのだな、と静かにものおもいにふける。結婚はよかれあしかれ気力を使うものなのだ。結婚したあと俳優をする気力は、私にはのこらない。分かっていたから二者択一だった。

運転していないので、ぼんやりと外の景色を眺める。どんどんNYが遠くなっていく。薔薇のゆびわとイエローのヘアピンはしっかり持ってきた。キャンディのごとく美味しそうで安いアクセサリー。この先いくら宝石や豪奢なドレスを贈られても、これらにかなうものはないだろう。そして、もしも婚姻生活がクラッシュしたら、男にもらったものは全部置いていくけどゆびわとヘアピンはひっつかんで出ていくだろう…元同居人がゆびわを選んだのと同じスピードで、私は確信した。

長いことマフィアに依って生活していたが、突如いやになってしまった。

私はNYに居住しており、妹と2人暮らしであったが、家賃がクソ高い都会のうえ私がベビちゃんのころ起こった感染症パンデミックによりNYの景気はやばいくらい悪化したらしい、したらしいというのは良かったときを知らないため自分のなかで比べようがないからだ…ともかく、マトモに部屋を借りることさえむずかしいというありさまなので、私は多くの人間がそうしているようにマフィアのおこぼれを頂戴して生きていて、特別治安の悪いエリアを避け比較的安全できれいなマンションのひと部屋をあてがってもらっていた。対価は当然身体と愛想をふりまくこと、である。(逆にいえば対価を払わなければカッコつきの安全すら女には手に入らない社会であり、また、身体やお愛想をペイなしに要求するような野郎は豆腐の角に頭をぶつけて死ぬべきである)

妹は5才下で美しい女だったが、あるとき私が寄生している(せざるを得ない)男が「お前の妹もそろそろデビューさせてはどうか」とこともなげに言った。

ばかやろう殺すぞ、どこの世界に年端もいかない妹を娼婦にしたがる姉がいるんだよ?

しかし、男は本気でなおかつ悪意を無意識に自己正当化してオファーしているようだった。提案のていを装っているが実質相手に回答させないつもりなのもむかつく。提案や質問のふりをして自分の話をする野郎、よくいるよな。彼は世間的にいうところの「女性性」というか、女の若さと肉体を唯一の価値として規定しているらしい。一旦規定されたら、人間は規定を続行するためのふるまいや言語を獲得&学習してしまう。私は妹だけはこの文化から逃れさせたかった。

 

いやですと答えたらあっさり殺しにかかるんだよなー。予想はしてたけど。

マフィアの男と金魚のフン2人(なんで男ってくだらねえことですぐつるむわけ?)が部屋を襲撃しにくる。当たり前だが近隣住民は誰も通報なんてしてくれない。集団心理がはたらくから、というのもあるが、マフィアの息がふきかかっているエリアでわざわざマフィアの機嫌を損ねるようなことをする人間はいない。

私は黒の短めのドレスを着ている。かねてから手元に置いておいた短銃を手に取った。アクセサリーはプラチナの腕輪とネックレスだけつけている。プラチナ類を売り飛ばせばしばらくのあいだ飢え死にはしないという算段だった。この生命的危機を切り抜けたら、の話だが。

ESPにより、部屋にいながら階段近くの視点を得る。マフィアども3人は、銃を構えながら私と妹が部屋から出てくる瞬間を待っているようだ。

 

ズドン。

転移のサイキックにより弾はマフィアのひとりに命中した。妹が転移のスキルを持っていたので、私の撃った銃弾を壁ごしに着弾させたのだ。彼女は自身のスキルに関してほとんど無知であったが、緊急事態なので借りることにする。寿命の一部を代償にするなど、かなりの対価を払いかつ身体的な負荷がかかることを受け入れるならば、現時点での限界をこえて超能力を発揮することは可能だ。

何が起こったのかわからない連中をおしのけて妹の手をひっつかみ外に出た。向かう先は港だ。海の方にでて、船でもなんでも乗ってやる。たとえ自分は死から逃げられなかったとしてもあやつらはぶち殺してやる、「渚にて」みたく確実なる死を迎えてもらう、だって自分が痛い目をみないかぎり永遠にふみつけることをやめないやつらなのだから。

と、思っていたところに彼らが追いつく。1人増えていてまた3人組になっていた。増えたのは顔見知りのコール・ガールで、つまり女からも裏切り者はいるってわけかい。別におどろかないけど。

 

お前たち、妹を撃つな。うつな。うつな。

心の底から念じる。

 

#夢日記