焦げた後に湿った生活

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guerrilla

夜のとばりをすらりと抜けてクラブへ向かった。今日は大丈夫。(何が?) 心斎橋のクラブへ行くと言ったら「変なやつが多いから気をつけなさい」と忠告されたがつれは大きいし安全・安心なのだ! 入り口で2人、中に入って2人、お友達に会った。幸先がよい。

madmaidがDJしているなか、友達が独居してからの加速はどうだとたずねてきたので、ケタケタ笑ってチャイナブルーのはいったグラスをふりながら魑魅魍魎のうずまく生活を話した。ほんとに、ケタケタ笑えるなら生きてる甲斐もあるってもんだ。遠い昔に、自分の人生はオモシロばかりでとりたてて人に話さないような安定が欠けていることに対する欠乏を感じた気がする。今も実情はそうなのだけれど、山札切ってもそんな手は出ないので諦めて手札を慈しむようになった。

DJがかわってearly 90's のような雰囲気になった。2DKの孤高の王を気取りはじめてから808 stateのPacificを延々かけているので気分に合っている。いい嫁キャンペーンをしている時の私は見ていられなかったそうだが、今はいきいきしているらしい。そのまま加速し続けろって? でも、ゲリラのような生き方をするのは打止めにして安寧の生活したいのよ…と表明してみる。不意打ちを好んで手札にいれてくれる人がいるのはありがたいのだが。(私はいつも、用件をいきなり言うので、常に刺激を渇望している人とは友情を築けるらしい) といってもどうしたら人並みになれるのか全くわからないのだけど。わからないのならわからないで、ゲリラの生をまっとうしつつ好きなように生きろと人は言う。そうかもしれねえな。

高校3年生から私の時間は止まっている。最近、手に年齢がではじめたが、それ以外はむしろ若返ってきたようなすさまじい歳の取りかたをしている。革命と闘争の人生のなかで知らず知らずのうちになんやしらん魔と契約をしたようで、ゲリラ性とあいまって、人間よりは妖魔だと言われてしまった。人間とはつがいになれないのかなあ。まあ、ケタケタ笑いが絶えなければいいけれど。