Illustration by @ill_bull
①実家に帰ると必ず現れる自動的な存在
実家に帰る。新××の家ではなく、引っ越す前の、私の生家である「幽霊屋敷」に。
玄関の前には死んだはずの犬が、老いてはいるが復活している。私は急いで犬を家の中に入れようとする。なぜなら、今にもヤクザが現れようとしているからだ。実家にヤクザが現れる理由は判らない。私が居るからとしかいいようがない。彼らはヤクザの形を借りた自動的な存在なのだろう。それこそ、幽霊のような。
(ある人が「自動的な存在」とはどういうこと、と訊いた。私は少し定義を考え、「彼らに意思はない。ただ害する者として表象されている。だから生身のヤクザより、幽霊に近い」と答えた。)
家に兄姉はいないけれども両親はいる。いいとしをした大人が揃っていてもヤクザに対する戦力にはなってくれない。私はどうにか襲撃を切り抜けようと頭をはたらかせているが、両親はどこか間がヌケているというか、平生の雰囲気というか、頼りにならないこと間違いなしだ。私に言わせれば、犬も両親も危機感が足りない。向こうは銃火器すら持っているというのに。
家じゅうの出入口を閉めるともうヤクザは家の前に来ている。きっちり戸じまりしたはずだったが、窓の一部があいていて、そこからヤクザのうち数人が侵入しようとしている。その辺にあった棒でどつき回してやっつけると、一団は引いていった。
でもまた来るだろう、多分。なにせ彼らは自動的な存在なのだから。
②子どもには害がないが女性には害がある架空の男性
意地悪なおさななじみ(以下Rちゃん)と家の近所をぐるりと散歩している。彼女は現アクセサリー作家で中学を卒業したあと交流はない。我々は家の裏側の筋から途中で右に折れて隣家までぬけてくるコースを歩いている。
曲がる地点で、私は後ろから成人男性がついてくる気配を察知してパニックになる。少し先にいるRちゃんに、「Rちゃん、ちょっと待って、誰か来る!!」と叫ぶ。Rちゃんは立ち止まってふりかえり、その男を見た。男は20-30代、ブサイクではないが、素性正しいといった風情ではなく、何より私を不安にさせる何かを持っている。
Rちゃんと男がわずかな間話した。すると、男は去った。Rちゃんが「〇〇ちゃん落ち着いて。あの人知ってるでしょ」というが私は全く思い出せない。けれどもLINEの履歴を見ると(幼児に戻っているのにLINEがある。この後も、時間が部分的に入れ替わった箇所がところどころある)、私は気安くあなどった調子で男とやりとりしている。男のことを想起してみると、彼は子どもには害がないが女性には害がある。スキあらば女を手に入れようとしていて、彼女らを尊重しているフシはない。定職にもついていないようだ。少し精神的に不安定そうな感じもある。
③Rちゃんのお母さんの妹の夫はいつも不機嫌で今日もガレージの周りをぐるぐる回っている
Rちゃんのお母さんの妹の夫はいつも不機嫌な白人男性だ。元夫というべきなのかもしれない。彼の妻はすでに失われている。彼はまた、私やRちゃんがたまり場にしている屋外ガレージの周りをぐるぐる歩いている。
ガレージは乗用車が最大20台ほど駐車可能な大きさで、子どもが遊ぶ時間帯に車が出入りすることは滅多にないため、近隣の子どもにとってうってつけの遊び場である。Rちゃんの家を含めいくつかの小さな商店を前にした位置により近所の目もいきとどいていて、子ども同士のケンカを除いてへんなトラブルが起こる可能性は低い。例外的にRちゃんのお母さんの妹の夫は我々が遊んでいるときに延々ガレージの周りを歩いていて時々子ども相手に何か言ってイビることがあるのだが、大人は事情をのみこんでいて彼をよけることはない。幼児でありながら今の私でもある"私"は、「彼はRちゃんのおばが死んで精神を病んでいるのかもしれない」と思う。子どもにとっては単に、意味なく難癖をつけてくるちょっと怖い人だった。
この話はどこまで本当かわからない。部分的に現実であったような錯覚がある。Rちゃんのおばの存在は偽の記憶だと思うのだが、彼女は実在しないと断言できない。音楽関係の仕事をしていて外国人と付き合っているというじつにありそうなイメージが脳のどこかにはさまっている。そして、亡くなったといわれたらそうだったような気もするのだ。
町内会に行くと、おっさん達が集って話をしていて、その中にあのヤクザの話題も出て、「いやあお宅の娘さんが大活躍で」などと父と私におべんちゃらを言っている。そんなことを言いながら、彼らが何もしない気でいるのは明白だ。私は本当は「そんなことより、あいつらを何とかしてくださいよ!」と言いたいのだが、「ええもう、ムカついてヤクザをボコボコにしたったわ」と口が勝手に動いてしまう。おっさん達はそれを聞いてますます手助けせずともよい口実を作ったようだ。父も何も言わない。「町内会」のくせに、実際の町内会長であり隣家の主であるTさんはいなかった。彼がいたら、真面目に考えてくれたと思うが。
私はふと思いついて②の男に「次ヤクザが家に現れたら私は死んでしまうかもしれない」とLINEしてみるが返信はない。"不機嫌な白人男性"にこっそり「ねえ、私ヤクザに殺されるかもしれないんだ」と打ち明けると、彼だけは私を心配してくれるのだった。
"不機嫌な白人男性"はRちゃんのお父さんに顔立ちが似ている。お父さんは教師で私に話しかけることはあまりない。一度だけ怒られたことがあるが何で怒っていたのかは理解不能だった。
"不機嫌な白人男性"が実際にガレージの周りをぐるぐるしていたということはない。むしろ、知らない男(不審者)がガレージや実家の周りを現実にうろちょろしていたのではなかったか? ガレージにいたときはRちゃんや他の子が一緒だったからその存在を見なかったことにするのが可能だったため、強く記憶されてはいなかったのだ。また、不審者の方でも子どもが複数いる場合近寄らなかった。だが、私が一人のとき彼は脅威だった。彼は町内をぐるぐる回っていて子どもが一人になる瞬間を待ちかまえていた。
不審者は"不機嫌な白人男性"では決してない。"不機嫌な白人男性"が私を心配したとき、本当に病気で私やRちゃんに難癖つけていただけで、彼が他人を心配してあげられるマトモな神経を持った町内で唯一の男性だとわかった。失われた妻をもとめて、その不在に耐えられず、理不尽さに縛りつけられ、どこへもいけずガレージの周りをぐるぐる回ってその場にいる子どもに消化しようのない感情をぶつけるしかなかったのだろう。
不審者は"不機嫌な白人男性"ではない。
④死や狂気から最も遠い芸
夢をみていた。ある人と手をつないでいる夢だ。起きたら実家で、N江君と手をつないでいる。彼は現実にはいない幼い弟の役を兼ねている。両親も、現実の姿と藤子・F・不二雄の漫画に出てくるキャラのような姿と交互で表されている。
両親は家の中の痕跡を消すため、家じゅうの書類やぬいぐるみをバラバラにしている。可燃物を細かくすることで、ヤクザが家に火を放ったらよく燃えるだろうという算段らしい。少しでも痕跡をのこさず家の者に追手をつきにくくさせる工夫をしている。弟はお気に入りのぬいぐるみがバラバラにされ中のワタすら出ているのを見てショックを受け、「僕のゾウさん(ぬいぐるみの1つ)がこっちを見ている」と怖がる。
わずかなすきまから外をのぞいて、ヤクザが再び襲撃に来たことを把握する。実をいえば確かめるまでもなく彼らがいることは承知しているのだが、一応目で確認したのだ。彼らはバズーカまで持っている。いかに戸じまりを十分しようとも、これでとびらを破壊されたら、後は数で負けてしまうだろう。ヤクザの一団はすべて男性らしく、ヤンキーの同級生、お笑い芸人に加え絶縁したいとこなどで構成されている。
私は、死ぬような目にあうならその前に、1つの事柄についてあらいざらいぶちまけるメッセージを送ってしまいたいと一旦はiphoneを手に取る。しかし、それは私が墓まで持っていくべきものであった。そのような秘密をひっそり隠し持ったままにしておくのがいい年齢の重ね方をした人の仕事であり、理性がなければこの芸当はできず、死や狂気から最も遠い芸であると私は信じていた。内心しまっていたことを放り出したくなったことをも含めて、自分自身のおおよそすべてに対してはっきりと、なおかつ自然に納得した。
私は墓まで持っていくべき秘密を抱えたまま、「幽霊屋敷」で棺桶に片足をつっこんでいるのだった。