焦げた後に湿った生活

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バイトのこと

夜の蝶をしていたころ、立て続けに退職した従業員がいて実質ナンバー4になったことがある

 

といっても客を必死にひっぱってくるわけでもなしになんとなく勤めているだけなので、なんていうこともないが、自分の中で実績と立場が合わなくて気持ちわりいなという感じをずっともっていて、宙ぶらりんな心持になっていた

 

夜の世界に入った当初は、一日の食事がパン二つレベルの困窮で、とにかくお金がなく日払いで即働けるところを探して無我夢中で飛び入り、何が何だかわけわからん状態で席につき、業界の常識なれどマニュアルもなし、何をしたらいいのか分からん状態で、バイトに行くたび何かギルティをしでかしそのたびに教えられ、店に貢献していないのに金をもらうのもおこがましいと感じるくらいであった

 

だいたい元々接客業の経験がさほどなかったし、喋ることが苦手だと思っていた、初めて働いた時終業後何を話していたのかも覚えていない自分にマスターが「アンタちゃんと喋れてるやないか、この仕事いけるで、がんばりや」と褒めてくれたが全くそんな気になれず、今でも覚えているが、後々一番楽な部類と判明した客に「人見知りなんか、全然話さんやんか」と言われ、非難した口調ではないものの気が重くなり、初対面のおっさん相手に何話したらいいのか、何故世のコンパニオンというものはやっていけてるのだろう、この仕事マジで向いてねえし、かといって辞めたら食い扶持がなくて辞められないので多大なるプレッシャーを感じながらも毎週店へ通っていた

 

最初の方は大体他の従業員が付いていたので緊張感はやわらいだが、半年経っても喋る技術が向上したとは思えず、灰皿交換やドリンクを作る作業など事務的な、はっきりいやあ誰でもできる仕事で金をもらっている現状がいやでいやでならず、かといってこれが私の武器だという一芸もなく、座ってるだけであがめられるような美貌もなく、何で私はここにいるのだろうという不安だけが身体の周りを覆っていた

「キミはボクの理想通りの女の子や、女は乳やなくて脚と尻なんや、ああなんてべっぴんさんや」とベタベタに褒めてくれるどこかの会社の社長さん1人以外、心を緩めて接客出来る瞬間はなかった

 

そのうち自分にもファンがつき、彼らが何を以って支持しているかというとカラオケであり、懐メロが歌えれば一定の歓びを与えることが出来ると気付き、せっせとレパートリーを増やしていった、ママのように話術がことさら優れていないならこれを磨くしかないと、一週間に一度二度店に出てそのたびに他の人間が歌った曲を覚えるということをした

芸は身の肥やしというのを21世紀にもなって実感しているのであった

 

気が付いたら三年が経ち、従業員の出入りも激しくなり、誰かが辞めては入り入っては辞めが繰り返されていたころ、ピンで席に付くことも増え、きっつい、これまじきっつい早く一番のテーブルの客帰ってママでも他の人でもいいからこっちにきてくれーという状況になることが多くなった

 

歌目当てでくる客ならさっさとカラオケを勧めればいいが歌がきらいな客に当たるとそうもいかぬ、必死で質問を飛ばし共通点を探り、団体客は勝手に己らで話をしているからほっといてドリンク作りに精を出していても特に問題はないが少人数だと会話を回転させるのに内心冷や汗たらたらだったのである

 

そんなわけで相変わらず向いてねえから辞めたいという気持ちはあったが何故かその気持ちが強く感じられる時に限ってベストタイミングでママから「だいぶ慣れてきたなあ、次はこれを覚えたらもっとよくなるから、期待してるで」などというメールが来て踏みとどまる、言い方を変えれば辞める時期を逃すということもあった

 

さらに時間が経過し店の従業員数が壊滅的になると、週一二の勤務が確二になり、加えてヘルプで入ることも増えた

 

この頃カラオケは懐メロの他にアイドルソングを習得した、世のAKB旋風は飲み屋の片隅まで届き、モー娘。世代が飲みにくる時代になったのでシメにラブマシーン等が入り、韓流アイドルも安定した人気

 

人生に疲れきって死にたいとこぼす客に「そんなこと言ってたらアカン! これ聴いて元気だせ!」とももクロピンキージョーンズを入れてヒール靴が勢いのあまり飛んでいくほどに踊りながら歌ったら謎の力が発生しその客は以来自殺願望をなくした

特筆すべきは依然聖子明菜世代が多い当店においてDESIREの威力はハンパなく、これに歌詞の一部を「パンツ」に変える替え歌を生成したところ以後リクエストされるほどの持ちネタになってしまった

 

不動の芸を手に入れると同時期にべしゃりの方も安定してきて、想像はつくだろうがこういう店につきものの高圧的・侮辱的な物言いをする客に対しても自虐ネタ(「誰が○○や!」とか)や関西土着芸人特有のマシンガンの如き”話を拾って自分のネタにする”一連の作業で事なきを得る、そういうスタイルになってきたのである

 

しかしこれで漸く及第点になったくらいのもので、ママやナンバー2には遥かに及ばず、あの人らはこれをやってのけてる上でコンスタントに客をひっぱってきているわけだから、そのレベルに到達するには更なる努力をせねばならず、その気概が大してわかず、この業界に居続けるには必然的にしなければならないことを自己正当化してやっていない状況で、

学生を卒業したらこれで食っていかねばならない理由もないから辞めたらいいわけだけれども、辞めたところで院生時代学業全振りで就活しなかったため他に食っていくための職を見つけておらず、何とも宙ぶらりんです、宙ぶらりんのままだった

 

店はある日突然マスターが心がしんどくなったという理由でつぶれた

内向的なINTPだった自分がENTPに変化して他者と接することが苦痛にならなくなったのはバイトのおかげといってよかった