焦げた後に湿った生活

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修験

「なんらかの…修験の夢をみていたわ」

「職業病やないか」

これはもちろん過労気味の日々に対して冗談飛ばされているのだけど、実際私にとって夢の世界は修験場なのだ。un, deux, trois, un, deux, trois. 大きなぶった切りのルールがあり、試練が飛び交う世界。何かを成し遂げるために移動を続け試練をこなしディシプリンの果てに凡庸な欲望をかなえようとすること。現実でできたことは夢でもできるから、現実でレッスンしたことを反復練習する世界。

 

 

俺は大学進学を控えてそわそわしている。別に大学に早うに行きとうてそうなっているわけではない。状態が移動してしまうこと、に対して気がそぞろになっているのだ。

ずっと、自分は変化を好む人間だと思っていた。わけのわからぬ、合理的でもなんでもない慣習や偏見を嫌って、ものごとを適切にアップデートしていくことが正しく良いことだと思っていた。今でもそれはそうなのだが、俺の本質は変化を好もしく感じるのではないらしい。時間がススみ現状が変わっていくさまを疎んじているようだ。なんとなしに身体がダルい。そのくせ頻繁に尿意だけはもよおす。

 

いつものメンツで放課後屋上に集まった。ピーキーなクラスメイトの女、隣のクラスの人がよい丸めな男、もう一人明るくて性質のいい女。どうして仲良くなったのか最早思い出せないが、たいていはこうやって四人集まり過ごしていた。そして、この集まりはもうすぐ終わる。皆進学先がバラバラだから。俺はこれが嫌なのだ。しみったれた考えかもしれないし誰にも言ったことはないが、ずっとこのままでいたいと思っている。

夕方のパール色と涼しい風が静かにセンチメンタルに火をつけ、俺は言葉少なだった。三人はキャッキャ笑っている。いつも通り。これ以外欲しいものは何もないのに、俺はこれからそれを失う。

 

一瞬、風が強くなりブワワとアッシュの髪の毛が舞う。180cmある体躯でも(少しだけ)飛んでいってしまいそうな風に目を細める。皆、強風にケタケタ笑っている。風はまたビュビュと強まって、女子なんかスカートがナナメになっていた。(それで性的な嗤いが起きるほど下卑た集まりではないのだよ)

音楽でも流して、皆で踊ろうか? と思案したその時、ピーキーなクラスメイトが近寄ってきた。ポニーテールを強風に暴れさせたままにしながら。

「今から海行こうよ」

こう言って彼女は俺の手を取った、その瞬間いろんなことが内部で一挙に白日のもとに照らされた、たとえば俺は長い時間こいつのことが好きだったこととか。

「どうして海に?」

一応訊いてみる。

「特に意味はないよ、しいていうなら皆で埠頭に行きたいから」

ほらなやっぱり特に意味はないんだ、こいつは突如埠頭に行きたいなどという意味なき衝動を隠し持っていて、俺たちの前でだけコッソリ共有しようとする。俺はそういう性質を長年どうとも思っていなかったようだがそれは表面でのことで、実は自分で自分の感情とか状態とかを正確に把握する技術が発達していなかっただけで、さっき手を取られた瞬間に事実はキラキラしながらこっちに押し寄せてきた。

「あと花火買って一緒にやりたい」

こいつのことだからただの花火じゃないぜ、どうせ線香花火を10本まとめて点火したりするんだ。

「いいよ行こう、水とバケツを調達していこうな」

手を握り返して言う。

 

俺たちはもうすぐ別れるんだ、俺が心底願っていることは成就しない、だけどもう一つのことの言語化くらいしよう。

「俺はお前のことが好きで、だからこの集まりも余計に好きだったのだけど、それとこれとは別というかたとえ好意がかたちにならなかったとしても四人でいることはとても好きだ」

相手に聞こえたのかはわからない。風はますますゴウウとなり、今から暴風の海に行くことへなるがどうしたって今日行くのだ。

 

 

暗殺者を引退し…カタギの仕事について普通の幸せというものを追い求めてみる。なかなかかたちになりゃせん、イエの仕事だったのだからそうやすやすと縁は切れん、血統というものは厄介で助けになったりしがらみになったりする、血統に封じられた恩寵を使うて仕事していたのだから半面脅威もセットになっていて、私は慎重に粘り強くイエから距離を置くようにしていた。時間をかけて。

 

未だに完全に縁は切れていない(切れることはない)。親類に私と同じようなのがいて、トシいった独りものの女性とは時々連絡を取っていた。私はちんたらしてようやっと去年カタギのまともな仕事についたが、彼女は長年昼の世界(カタギの仕事)でも夜の世界(イエの、暗殺者の仕事)でも有能で、小綺麗な一軒家を買ってひとり暮らしをしていた。デザイン関係の仕事をしているせいか年齢を重ねてもだらしのない若作りにはならず、シックでシンプルな、それでいて上等の生地の洋服がよく似合っていた。

久しぶりに彼女に呼び出されたので家に行った。手土産の洋菓子を渡すと要領良く紅茶を淹れてくれ、午後のティータイムとなった。一通り昼の世界の仕事の話をしたところで(私は衣類カタログを作る会社に勤めており話の通ずるところは多い)、彼女が本題を切り出した。

 

議題は、イエの一員である「双子」の処遇についてだった。親類の中に幼い双子がいて、両親が亡くなってしまったので彼女が引き取りを申し出た。

しかし、イエの決断は双子をイエから放かす、であった。我々は血統に組み込まれたESPやサイキックを用いて夜の世界の仕事をしているが、双子には超能力がなかった。イエの構成員はたいていナチュラル・ボーン・サイキックであるが、超能力がなかったといってヨソのイエの子だとはならない。が、色々あって(そのあたりのことは彼女よりもよりイエから距離を取っている私は知らないのだ)要らん、となったところで、彼女が「私が引き取ります」と言った。最初は血縁と関わりたくなかったが、ふと気が変わって小さい子どもを放っておくなんて、と考えたそうだ。

 

老キャリアウーマンは言った。

「世界が終わるか自分の体が動かなくなるまで、引退はしない」

引退しない、とはどちらの世界でも、ということだろう。また、次世代を育成しておく、という文脈でもあるだろう。彼女は分かっている。死ぬまでイエと縁が切れないのであれば、最大限離れる努力はしておいて、逃れられない役割については最低限果たしておけばいい、ということ。

彼女は抜け目がなかった。自分もこうであらねば、と思った。

 

 

自分の住む街へ戻った。

遅い時間になったのでわざわざスーパーで食材を買って自炊をするのが厭わしく、きれいなレストランへ行った。

野菜と魚介の皿をそれぞれ頼み、グラスの白ワインもつけた。マイペースに食事をすすめ、煙草に火をつける。このところ、何処に行っても喫煙しにくくなったな、と思う。東京は本当につまらない。

 

ESPが自動的に発動した。夜になったのと、アルコールが入ったために自我より無意識の力が強くなったらしい。私は制御できないESPなのだ…時空間がねじれ、座標は、関西のある地域に飛ぶ。私が常にホームシックを抑えつけているため、抑圧を避けるよう魂は現実とは違う世界線に私を飛ばして欲望を叶えるシステムを構成している。

今日は京都にきてしまったらしい。魂は北野白梅町を渇望した。だが、無意識下においては現実の要素は圧縮生成され、北野白梅町のはずなのにみためは大学から北にいった山のスソ、である場所に居る。大学はほんの少しすすめば猪と落ち武者が出るような、山を切り開いた場所にある。

この山スソを登り、上がったところにある昭和な一軒家に用がある。みために惑わされず座標自体で判断すると、ここには昔のボーイフレンドがいるはず。今更何の用?…とは言えない。ヨリを戻したいとかではなく、私は彼に言いたいことがある。

 

ボルダリング経験なんかないのに、私は崖をひっつかみ樹木草のはじを握って登りはじめた。現実を反映しているのか悪天候の豪雨雷がなにものにも邪魔されず荒れ狂っていた。

雨水とともに汗が流れる。手も傷んできたし筋肉がガクガク悲鳴をあげはじめてきた。まったく、暗殺者なんていったって私は裏方だから対面性能はともかく基礎体力がなぁーい…などと考えているのは、苦難を誤魔化すためだった。それでも家に到達するために登る。「お前は俺のことが本当に好きじゃないだろう、だって本当に好きならそんなに冷静じゃないはずだから」というかつてのボーイフレンドの一言は、何年も何年も、ローキックのように私をしとしと苦しめていた。

だけども、少しずつかかって冷静なのが私の素の感情なのだと呑み込めてきた。

あんたこそわかってないよ、大学院は忙しいから気を遣って「会いたい」と言うのを控えたり、栄養状態を考慮して晩ごはんを作ったり、誕生日に手作りケーキを渡したりしたのに、無我夢中で真夜中に鬼電をかけたり「私のことを愛しているならこれ位買ってよ」と無茶言ったりしないから「本当」の好きではない、と思えるのは若い頃だけで、あなたはこれから所謂「結婚適齢期」の終わりにさしかかった頃「ああ、*****ちゃん(私の名前だ)が一番まともだった」と振り返って思うのよ。

 

全て到達する前に座標は戻った。

戻る前に見たのは相変わらず大荒れの京都だった。

 

 

そうして、レストランへ意識はバックした。私には待ち人がいる。待ち人はツンデレの友人で、このひとはゲイだ。最近は電話しても滅多に出てくれないが、帰省すりゃ来てくれるしお互いの誕生日には贈り物を欠かさない。とてもとても会いたかったがために、私は夢の世界に彼を登場させてしまった。

夢に登場するということは何らかの役割を持っている。フロイトユング的意味合いではなく、私の夢の世界のルールという文脈で。

いつも通り私の夢の世界はオワオワリで、どうしたって終わりが決定づけられているが生活をなげうつことはできないし、後ろ暗い仕事でもなんでもして食糧や生活物資などを手に入れないといけない。それぞれに決められた役割があり、放棄するという選択肢はない。(このことに対しての暗い感情もない)

そのうち、待ち人来たれり。彼は私の隣に座って、同じワインを頼んだ。酒を飲みながら、我々は世界がオワになるまで何かしらの役割を果たさないといけないのだから、一緒にやろうとお願いする。彼はロー・テンションだったがいつものごとく押し切る。(現実の反映。マジ、いつものこと) 俗世の、ヘテロセクシュアルなロマンティック・ラブ・イデオロギーから切り離した友愛を信じさせてくれるひとよ、終わりのときにはあなたと一緒がいい。

 

「今までに…」

「?」

「今まで、俺がお前に喋ったのは2回だけ」

 

現実的に考えると2回だけなんてありえないので、なんらかの比喩表現だろう。意味深なセリフだ。だからといってどうもしない。私はこのまま素敵な友人と終わりまで日常をつっぱしるだけ。

 

 

現実の東京のレストランで、私は食事をしていた。食事相手はどえらい働きもので、今日はたまたま早うに上がれたので(それでも残業はしているのだが)私にいいものを喰わせるために到来した。

魚介のゼリー寄せをスプーンで食べさせてくれながら、そのひとは言う。

「もっとキリキリ働かんとな、いい思いをしたいしさせたいから」

私はゼリー寄せを嚥下し、酒をひとくち飲み、煙草に火をつけてこう言った、

「あたくしたちは…今まで必死のぱっちで頑張ったわ、これからは…少し老獪にならないと」

 

 

この間夢の中で死んだ犬が死んだのでもう出てきてくれないのかと気を落としていたら、出てきた。"Watch out, girl"の警告でもいいの、良き家族であった者が現れるよりうれしいことはない。

犬が出てくるということは前述のとおりなんらかの警告であるのだが、今度は一体何に対して、だろう。仕事? このところ過労気味だし。あるいは一番懸念していることか。

 

夢の中で、市場にいた。市場は活気があって好きだ。コンクリートジャングルにはない血気がある。豆腐や魚やてんぷらなど、たべものがどれもイキイキとしていて良い。犬と父母と、旅行してヨソの土地を歩いているらしい。犬はぴょんぴょん跳ねており、それを見て父は「おおい、勝手に行くな」などと苦笑いしている。

私は蟹を食べたいな、と思った。漁港の街だし、季節は冬なので。蟹には祖母にまつわるエピソードや友人と蟹鍋パーティした思い出もあるし、あと単純に味が好き。

 

するとたちまち、目の前に大量の生きた蟹の入ったトロ箱が出現した。獲れたばかりなのだろう。脚がキチキチ動いている。これが全部私のものになったらしい。

代わりに、犬はいなくなっていた。かつての友の望みを叶えるだけ叶えて、往ってしまったらしい。蟹は、全て本物の蟹だった。

 

そうね、幸福を疑うのは雑魚のやることよね。

犬はいつだって人間より賢い。

私は心の底から思った。

 

また次の旅が始まる、今度は電車で父姉と別れ母と2人で大和路線から何処か遠くへ行かねばならない、でも私は決して旅がうまくいかないだろうとかナントカ考えたりしない、とりあえず電車に乗ってお金を落とさないようにしてればいい。

疑ってもしょうがないことは、疑ってもしょうがないのだから。

 

#夢日記