焦げた後に湿った生活

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殺人のパラダイム

人の三大欲求=食欲・睡眠欲・性欲って誰かがフカシこいた壮大なウソだと思う、だって性欲は要らないもの。5年に1度くらいしか性欲がわかないという人間を知っている。アセクシャルのひとだっている。

デカいウソに騙されておいたら気持ちいいし、デカいウソが信奉されてるうちにひとつのシステムが形成され、そのシステムにタダ乗りするのが楽だからみんな信じたがってるだけなんじゃないのか。

 

…とかナントカ考えてるのは、この後の仕事が気ぶっせいだからだ。

人殺しの仕事にも慣れた。バディとの相性がよい。お互いに陰の気ではなく、軽口は叩くが真面目で仕事に抜け目はない。ビジネスパートナーとして申し分ない。

気が重いのは相方のせいじゃない、暗殺請負自体でもなく、暗殺にまつわるあることが嫌なのだ。

 

尋常な午後に人通りの少ない街の片すみで、死体を砂袋に詰めていた。公園だったもののなれのはて。

遊具なんかはほとんど全部潰れていた。砕かれて、資源として持っていかれたのだろう。文明というものが崩れ去ったあと、街と人とのバランスはぐちゃぐちゃになって、住宅の集まっていた区画以外は一気に土地の持つ魔が蔓延り人の立ち入れないような禍々しい雰囲気の場所になるか、もしくは土地のエネルギーがゼロになってものすごく殺風景になってしまい結局人間が長時間居るようなところではなくなってしまうか、が多かった。

この場所は水道が出尽くし取れるものも取られてしまうと、どちらかというと前者の方に傾いていっている。樹木が育ちすぎ瘴気たちこめるような段階には至っていないため、人目を避けて暗殺の仕事をするには都合が良かった。

 

今やっているのは、第二段階の工程である。

仕事の第一段階はすでに済んでいた。ESPの私が適切にターゲットの位置と攻撃タイミングを予測し、実行は直接的な殺人スキルに優れる相方が行った。我々は誰にも目撃されずにターゲットを片付けていたはずだったが、法的権力による「検挙」を受けてしまった。そのため、第二段階に進み殺人の「反復」を起こす必要があった。一度権力によって手を入れられた事象にはゆらぎが生じるので、もう一度同じ事象を起こして確定させるのだ。

 

「お前さん、気分が悪いように見えるぜ」

相方が死体を詰めて隠蔽しているかたわら、私が樹の根本に腰をおろしてじっと地面を見つめているので、少し年の離れた男は気にしてたずねた。

「掻っ捌かれた腹の中身を見て吐き気でもしているのか」

「そうじゃないよ…ホルモンバランスが崩れてるのかもしれない。底知れず身体がダルい。それに、今更死体のひとつやふたつ見たところで、どうってことない世の中になってるやない」

「それはそう」

手際よく地面を掘って砂袋を埋める作業をしながら、さらりと彼は言う。実際、食べ物や生活物資を手に入れるためにみんなが後ろ暗い仕事をしなければならない状況で、暗殺者であることや、暗殺がそこここで発生していることに対してギャアギャア騒ぐ人間はいない。

私が嫌なのは…この後、超能力を使った代償として、性行為を行わなければいけないということだ。やりたくもないのにどうしてやらなければいけないんだろう。リビドーを昇華させているのが各人のスキルで、そしてスキルを維持するためすなわち性欲を維持するために性的な行いをしなければ超能力者では居続けられないのだという言説が出来上がって、何年経つのか。

元気がありあまって、いくらでも辻斬りしてやるわ、という気概の時ならいいけれど。こんな、地面に座り込んでぢっとしてるよーなバイオリズムの時に、ヤっていいことなんてない。

「待ってな。これ、埋め終わったら昼飯にしよう。食欲はなさそうだけれど」

「うん。行く。気分転換に。食欲はないけれど」

 

ざっくざっく地面を掘る音を聴きながら、次第に私は瞑想の世界に入っていった。ESPなので瞑想は大事だ。だけど今やるタイミングじゃない。あまりにも気ぶっせいだし果てしなく身体がダルいせいで、自動的に意識の座標はこんこんと無意識の方へ降っていく。

 

 

「本邦初の超能力刑事(デカ)」っつったら威勢はいいけどよ、結局やることは同じことの繰り返し。

私は警察組織の中の、超能力を用いて業務に取り組む部署に居た。同じ作業するのが嫌だってことじゃないよ、生産性のない、なんのためにやっているのかわからん合理的理由のない仕事するのが嫌なんだ。

とはいっても、街のあるポイントに向かって本日の仕事に着手する。久々に、超能力がらみの殺人事件を手掛けるのだ。くすんでしまった白壁のオフィスを出て歩き(化石燃料は貴重で奪い合いになってるから、理由がなければ徒歩でしか移動しない)、崩れかけの高速道路や建物を横切って進んだ。風化した提灯が転がっている。中の電球はかすめられていた。昔居酒屋があったのだろう。

街なかの公園に、噴水跡のある一劃があった。この噴水は文明の終了前から止まっていた。私がごく幼い頃は一定時間毎に水が噴き出ていたけれど、あの頃はバブル経済の名残りで、無駄なものにお金をかけることができた。何年かすると、経済悪化と水資源の黄色信号の影響を受けて水を出すことはなくなった。今は文明自体がオワオワリなので黄色信号ですらないけれど…

ESPを発動させ、噴水跡を媒介にして公園全体の記憶のトレースをした。目をつむり、意識を想像上の水の流れと同化させて追跡・解析を行う。今日サイコメトリした人の記憶内にここで暗殺をする前のアサシンの存在を検知したから、公園内を調べれば土地の記憶がひっかかるはずだ。

 

20××年代に殺人のパラダイム・シフトが起こった。

いちど起こった殺人を、超能力で検知したならば即事件化できるのだ。犯人を特定したら、面倒な裁判なしに刑罰を与えられる。起訴か不起訴かからはじまり場合によっては十数年かけて審議した末に死刑やら無期懲役やら決定していた時代と違い、私が超能力をかわれて警察に入る頃手続きはガンガン変質し、2Fでつくった食べ物を輸送機で1Fに乱暴に落とすような無機質なものに変わってしまった。要するに罪に対する罰のありかたが、申し立ての余地がない強制的な執行になっていったわけだ。

もっとも、検挙率はそんなに高くない。検挙率の高さを人々から求められているわけでもない。多くの人が過去からみれば犯罪とされることをしなければ生きていけない環境で、みんな検挙率や起訴確にそこまで関心を持っているわけじゃない。自分が生きていくための牌を手に入れるので必死だし、<過去からみれば犯罪とされること>のうちほとんどが超能力者がらみである暗殺にさえ、いつ自分が関わる羽目になるのかわからないからだった。

よって、私は最低限、①超能力による暗殺が無法地帯にならないこと ②法的権力が人々に対して支配力を持っていること を示す程度に仕事をしていればよかったし、そもそもクソ真面目に燃えようにもリソースがなかった。法的権力側が恥知らずなくらい官僚的でちまちましているのに比べて、暴力はアホほど発生するのだった。

  

継続的に生活を維持するためには、露悪的になってはいけない。

当たり前のことだが、暗殺に関わるような超能力者はこれをよくわきまえているため、雑に痕跡を残して刑事に検知されるようなことはそうそうしなかった。まれに、彼ら自身にすら察せない地味なこと…例えば、偶然誰かが目にしていて、さらに幸運なことに暗殺者にわからないタイミングで刑事が目撃者とコンタクトをとれたときに限って、検挙することが出来た。もしも目撃者が自発的に刑事に情報を流そうとしたら、ただちに超能力者の察知スキルにひっかかって、しまいに目撃者もこの世からいなくなってしまうだろう。

今日だって、私が偶然パトロール中に話かけた人が彼自身すら知らないうちにアサシンのコンビを見かけており、私は彼に許諾を得てサイコメトリさせてもらっているときにそれを知った。公園内の土地にトレースをかけるとやはり暗殺の記憶があったので、持ち帰って事件化した。

 

ひとつの殺人事件が確定的になること、検挙され、起訴され、犯人に罰が与えられる一連のプロセスに、もう過去みたいに民主的手続きは残っていない。今あるのはものすごくシンプル化させた官→民の一方的ベクトルだ。これくらいのシステムを残す力しか、今の社会には残っていない。

まず暗殺者に下される罰は、超能力によって暗殺の痕跡を検知されたならば、罪の内容や情状酌量の余地は精査もされずに警察によって処遇が決められることだった。事務的で、それでいて暴力的であった。刑事と犯人が一言も会話せずに事が片付けられていくことはザラだった。

肝心の犯人への処遇だがこれも決まりきっていて、犯人たちは存在を消されるのだった。役所という機関は吹けば飛ぶハリボテみたいな存在であるものの、それでもなんらかの力を介入させてなかったことにできるのであった。殺人があったという出来事も同様になかったことにされ、ただ、お上によって消されたというインパクトが同業者内でひっそり共有される。

多くの暗殺者は、生活者なので罰を受けるのを厭わしく思って回避する方法を取った。ごくわずかに、マッドマックス的なグレかたをして露悪的にふるまうために暗殺者となる人間もいるみたいだが同業者からは呆れかえられているようだし、私としてもそのような人間は古臭いと思う。

回避方法もどういう原理かはわからないが単純なものだった。完全に警察に捕まってしまう前に、権力がすでに起きた事象に手を加えたことを感知したら、もう一度同じ現象を起こして-つまり小規模な時空間移動をするか並行世界に行って-同じ殺人事件を起こす。すると、権力によって消されかけた事象のゆらぎが治って確定され、消されなくなる。ダブルクリックするようなものなのか。権力側は、確定した事象に再び手をつけることはしない。おそらくどうにもできないのだろう。

 

で、今回の事件でも、アサシン本人が「同じこと」をしたらしい。事件は追及されなくなったというのを、オフィスの毛羽立った事務椅子に掛けているときに聞いた。

 

刑事の方も事象確定後に犯人を追跡することはしなかった。しても意味がないので。捕まえられる体制が無い。

しかし、今回に限って、なぜだか気になってアサシンコンビをウォッチしようとした。目を閉じて呼吸を整えながら意識の階層を変えていき、特定の人物を追跡するスキルを発動させてみるとたちまち吐き気に見舞われ、私はその場で倒れこんでしまった。

ほこりの溜まったリノリウムの床に膝をつき、胃液がこみあげてくるのをこらえているとあるビジョンが眼の裏に焼きついた。女の子が性的虐待を受けている絵図だ。

このせいで超能力を使う仕事になったのだ、という強烈なメッセージが叩きつけられた。私は苦しさにのたうちまわり、やがて意識を失った。

 

 

ぱち、と目を覚ます。本当に、ぱち、という擬音が適切なことってあるんだな、と思いながら身体を起こした。あの樹のところのままだった。

「起きたか。調子はどうだ?」

死体を埋め終わった相方が言う。

悲しい夢を見ていた。夢といっても過去の記憶の圧縮だ。あまりにもそのまま受け取るのがつらかったので、無意識の世界の普遍性を利用して違う人間に分け与えてしまった。…私は性的虐待を受けていたらしい。ずっと忘れていたかったので、忘れていたみたいだけど。

 

それだけならまだしも、今住んでいるこの社会において、性的虐待と性欲と超能力が、分かちがたく結びつけられているものだということに耐えられない。

まったく、この社会は恥知らずなのだ。性的虐待を受けた者は性行為を忌避するものだ、そうでなければ被害者ではないという言説がある一方で、性的虐待の被害者は歪んだ性欲や性的逸脱傾向を持ちがちでリビドーの余剰を発散させるために(それなりの才能さえあれば)暗殺者になりやすい、という言説がある。矛盾ゴリラここに極まれり。せめてどっちかにしてほしい。

こういったアホな言説が跋扈しているためか、暗殺者は性行為をしないとスキルを維持できないという文化があっというまに浸透してしまった。私はできればこの文化から逃れたいのだが、ひとつの文化ができあがってしまってその枠組みのなかで生活しなければならなかったら、文化がたえず発信する思想から個人が完全に逃れるのはかなり難しいと思う。なので、諦念ベースでいる。諦めながら、なんとか正気でいようとしてる。

 

今日もまた性行為をするタイミングがやってきた、とんでもなく億劫でお釈迦様が垂らした蜘蛛の糸がぶつっと切れてだらりと垂れた様子を延々見ているだけのような心持ちで、仕事の後の物思いにふけっている。

 

「タイ料理屋はどうだ? スパイスが効いているから、食べられるんじゃないか?」

 

相方は十分にあかるくて親切な男だ、でも、私は相方が健康で一般的な男というだけで、この悩みをあらいざらい話してしまう気力が、一斉に失せてしまうのだ。